It's K's life.

けーくんの備忘録です。2018年夏からケンブリッジのMBAに行きます。三島由紀夫と海老蔵に似てます。

ど真ん中ストレートで三振の山を築く事業を創る

こんにちは、日本初のDirect Air Capture(大気中からのCO2直接回収)スタートアップ、Planet Savers株式会社のKです。

今回が2社目の起業でしたが、「何で気候変動スタートアップなの?」「教育の人じゃないの?」と頻繁に質問されてきました。

 

元々私はJICAで電力やエネルギー領域も担当していたのでスキルや経験的なConnect the Dotsもしてますし、個人として気候変動に対しての問題意識もめちゃくちゃあるんですが、この記事ではもうちょっと左脳的に起業領域選ぶ時に意識した、「ど真ん中ストレートで三振の山を築く事業を創る」というお話をします。

 

1. ど真ん中ストレートで三振を取れるピッチャーになりたい

皆さん、突然ですが、「BUNGO」という漫画をご存じでしょうか?

ヤングジャンプで今も連載されている、超面白い野球漫画です。(※私は漫画大好き、野球もかなり好きな阪神ファンです)

この漫画の主人公、石浜文吾君は中学生なんですが、めちゃくちゃヤバいストレートをストライクゾーンど真ん中に投げ、三振の山を築きます。

出典 : BUNGO 単行本22巻

勿論変化球が上手くて制球力のある打たせて取る系の技巧派の選手も素晴らしく、私もそういうピッチャーめっちゃ好きなんですが、でもやっぱり文吾君や、リアルの世界でも大谷翔平さんみたいに三振の山をど真ん中ストレートで築けるピッチャーって、皆さん憧れますよね?

 

私はこの、「ど真ん中ストレートで三振の山を築く」という概念は起業に際しても重なるところがあると思っています。

特に、私の場合最初のキャリアがJICAだったのも、転職先でソフトバンクを選んだのも「グローバルで大きな社会的・経済的インパクトを創出したい」という想いがずっとあったからで、そうした大きなインパクトに繋げるためにどのような軸で事業を創るかを考えるようになりました。

 

2. 起業における「ど真ん中ストレートで三振の山を築く」事業

私は教育事業で起業した経験から、以下の3つが新規事業を創る上で極めて重要と考えます。

①課題がど真ん中

②ストライクゾーンが広い

③圧倒的に速く、伸びと切れがあるストレート

 

これらを兼ね備えることで三振の山を築ける=圧倒的にグローバルでインパクトを創出する企業の創造を目指せると考えています。

①課題がど真ん中:圧倒的に解決されるべき本質的な課題であること

誰もがこの課題を解決すべきと考えるような、非常に重要で本質的な「ど真ん中の」社会課題(ビジネス課題でも恐らく可)に取り組むことはシンプルに意義深く、また、共感し応援してくれる仲間が集まります。

教育事業に際しても私は「次世代のリーダーに必要な実践的な学びの不足」という課題の解決に取り組みました。これはまさしく、特に日本ではど真ん中の課題だったと感じていて、多くの方に支えていただき、事業を創り上げることができました。

気候変動は言わずもがな、グローバルでほぼほぼ合意されているど真ん中の課題であり、取り組まない理由がありません。

 

②ストライクゾーンが広い:その課題の市場規模が極大であること

ど真ん中にストレートを投げても、ストライクゾーンが狭ければ三振は取れません。

これはビジネスで言えば市場規模に当たると私は思います。

私が取り組んできた中高生向けのリーダー教育は極めて重要な課題である一方、市場規模は大きくはありません。

結局、教育市場のメインストリームは受験対策やエリート教育なのです。

じゃあそちらと接続すれば良いのでは?という考えもあるでしょうが、私は自分たちの教育事業をそうした既存の本質的ではない教育へのアンチテーゼとして立ち上げたので、変にキャッシュを稼ぐために事業を拡大することはビジョンに反するものでした。

他にもやりようはあるのでしょうが、少なくとも私にはビジョンを保ちつつ大きな市場にリーチすることは簡単ではないと感じています。

翻って、私たちがPlanet Saversで取り組むDirect Air Captureは、市場が明確に存在します。アメリカではCO2回収量1tonあたり$180の巨額の税額控除や、$35億の補助金も動いています。環境系はお金にならないという先入観が日本では強いですが、グローバルでは気候変動対策の領域へのお金の流れは地殻変動的に起きており、2050年にはDirect Air Captureだけで70兆円の市場に達すると言われています。

そう、取り組みたい課題のストライクゾーンが圧倒的に広いのです。

 

③圧倒的に速く、伸びと切れがあるストレート:その課題を真正面から、他の追随を許さぬレベルで解決できる解決策があること

さて、これは当たり前ですが、のろのろで打ち頃のストレートをど真ん中に投げたらホームランを打たれて終わりです。

やはりど真ん中に投げ込んでも打たれない、圧倒的なストレートが必要です。

加えて重要なことは、そのスピードや伸び、切れといった面で、他のプレイヤーが追いつけないものである必要があります。もし皆がみんな球速165kmのストレートを投げられる世界なら、160km台のストレートの価値も失われていきます。

私は教育事業で、本当に質の高い事業を創り上げることを心がけてきました。超一流の講師陣・メンター陣に協力いただき、圧倒的に成長できるコンテンツを共有してきたという自負があります。

しかし、教育の領域というのは差別化が簡単ではありません。他にも多くの素晴らしい教育事業がありますし、我々の後から始まった面白い教育事業もたくさんあります。

参入障壁が極めて少なく、ブランド力や営業力勝負になりやすいと感じました。

そうしたこともあり、私は新たな起業に際しては、世界の同業他社と真っ向勝負しても勝てる圧倒的な強みがあり、かつその参入障壁が高く差別化できる、もはや170kmのノビノビキレキレストレートを投げれるような事業アイデアを探しました。

その結果、共同創業者の伊與木の研究するゼオライトを用いれば、Direct Air Captureのコストを理論上は他の先行プレイヤーに比べて大幅に下げられると確信し、起業への意思を固めました。


3. 最後に

以上、「ど真ん中ストレートで三振の山を築く事業」についての私の考え・想いでした。

何故我々がDirect Air Captureで起業することを選んだのか、パッションベースだけではないという点も伝わっていれば嬉しいです。

また、これから起業を考えている方に多少なりとも参考になれば幸いです。

なお、一つ誤解してほしくないのは、変化球の事業だったり、いわゆるニッチ市場向けの事業を否定するものではないということです。私自身、今営んでいる教育事業についてはやはり意義深いものだと考えていますし、多少なりとも社会にインパクトを創出できていると自負しています。そういった事業の積み重ねで社会が作られていると思うので、色んな事業があるべきです。

しかし、私はやはりグローバルで量的なインパクトを目指したい。そのためには「ど真ん中ストレートで三振の山を築く事業」がやはり必要だと思うのです。

 

グローバルで「ど真ん中ストレートで三振の山を築く事業」を創っていきますので、Planet Saversをよろしくお願いします!

日本初のDirect Air Capture スタートアップ(DAC: 大気中からのCO2回収事業)始めました

先月、2023年7月、私たちは日本初のDirect Air Capture(DAC: 大気中からのCO2回収事業)スタートアップ、Planet Savers株式会社を設立しました。

法人設立直後から複数の助成金アクセラレーターに採択され、本日日経新聞朝刊紙面版で、「活躍が期待される気候テックスタートアップ特集」にも掲載されました。

この記事では、Planet Saversの事業概要、そして、私たちの想いについてお話します。

  1. 問題意識

    地球温暖化の時代は終わり、“地球沸騰”の時代が到来した。」(2023年7月、グテーレス国連事務総長

    WMO(World Meteorological Organization: WMO)は2023年7月に世界の平均気温が観測史上最高の月になる見込みだと発表しました。
    日本でも気象庁は7月の全国の平均気温が統計開始以来最高になったと発表しています。

    もしこのまま気温の上昇が進めば、加速度的に気候変動が進み、山火事・洪水・台風といった災害が続発する気候危機に直面すると言われています。

    私は本年9月に第一子を授かる予定です。
    今から彼女が生まれるのが待ち遠しい一方で、彼女が数十年後、日本、ひいてはこの地球という星を離れざるを得ないような気候危機に直面している可能性があることが恐ろしいと同時に、そうなるまで地球温暖化防止に取り組めてこなかった我々世代に責任があることを本当に申し訳なく感じています。

     

    そうした状況を防ぐためには、2050年までに温室効果ガス、特にCO2の排出量を実質ゼロにすることが不可欠とされています。

     

    この地球という惑星が始まって以来の危機の解決のため、再生可能エネルギーや電気自動車の普及から、核融合といった新たな技術への投資まで、多くの取り組みがなされていますが、結局経済活動の中でCO2は排出せざるを得ません。

     

    そう、どうしてもグローバルでのカーボンニュートラルの実現は困難なのです。

  2. Direct Air Cpature

    そんな中注目されているのがDirect Air Capture (DAC)と呼ばれる、工学的・科学的に大気中からCO2を直接回収する技術です。

     

    森林や海藻といった自然由来のCO2回収ももちろん重要ですが、実は自然由来の方法でCO2を回収するには大量の土地や水等が必要で、排出CO2を全て回収しきるというのは現実的ではありません。

    また、CO2を発電所や工場からの排出地点で回収すれば良いと思われる方もいらっしゃるでしょうが、そもそもそういった産業プロセスでの排出は再エネや電化等の組み合わせで排出量を圧倒的に減らせますし、飛行機からのCO2排出や工事現場でのCO2排出等々、どうしても回収できないCO2排出原があります。

    どのようなデータでも数ギガトンのCO2の排出が必要になると言われています。

    しかし、大気中のCO2の濃度は0.04%と非常に少なく、回収コストは$500~1,000と発電所等からのCO2回収の10倍、20倍高くなっています。

  3. 私たちの決意

    私たちは東京大学大久保・伊與木研究室が長年に渡り培ったCO2吸着剤、ゼオライトの知見・技術を用い、DACの回収コストを現状の$1000/tonから$100/tonまで圧倒的に下げられていきます。そして、この技術のグローバルでの普及に大いに貢献し、将来世代が今後も今と変わらない環境を日本、そして世界で享受できる未来を実現します。

    また、私たちはこの気候変動領域における日本のプレゼンスをグローバルで高めてまいります。
    以前は温暖化対策で世界の最先端の技術を誇った日本ですが、今や多くの領域で欧米や中国企業、特にスタートアップの新技術の後塵を喫しています。
    DACの領域でも欧米を中心に30近くスタートアップがある中、日本からは現状ゼロです。
    しかし、日本にはDACに繋がる高い素材分野、プラント分野の技術と知見があり、まだ黎明期のこの技術に革新を生み、日本発で世界を変えるような気候変動ユニコーンを創出することが可能と私たちは考えています。

     

  4. 会社設立の経緯

    私は以前JICAで働いていた当時からエネルギー問題の解決に関心があり、中東のイラクやエジプトでガス火力発電所再生可能エネルギーの開発・導入に従事していましたた。
    その際、世界ではカーボンニュートラルに向けて石炭火力発電所の廃止や再生可能エネルギーの整備を中心としたCO2排出量削減に向けた取り組みが議論される一方、日本が未だ石炭火力発電所の導入・輸出等のグローバルの趨勢に反する方針を示していることに大きな疑問を抱いていました。
    一方、欧米における非現実的な排出削減の議論にも違和感を持ち、ケンブリッジ大学MBA留学中に大気中からのCO2回収技術を中心とする気候変動領域に関心を持ち始めました。将来的には同領域での起業も検討していましたが、JICA出身でビジネスや起業についての知見も限られており、また日本におけるカーボンニュートラルの盛り上がりが見えなかったため、帰国後は一旦ソフトバンクでグローバルなディープテックビジネス開発の経験を積んだ後、もう一つの大きな関心であった教育領域で起業し、経験を積みました。

    並行してPlanet Saversで研究開発を担う伊與木は、東京大学に学生として在学していた頃より一貫してゼオライトを始めとする多孔質材料の合成と応用を主な研究対象としてきました。特許を取得している新しいゼオライトも多く、それらはユニークな吸着特性を示すことを見出していました。また、DACについても関心があり国外において多くのスタートアップが立ち上がっている様子は知っていましたが、大学での研究開発の経験しかないことから事業化の具体的なイメージは持てずにいました。

    そうした中、私が2022年に優れた脱炭素研究技術を保有する研究者を探索し始め、2022年10月に東大をドアノックして出会った伊與木のDAC向けゼオライト技術に惚れ込み、本事業の創業を決意しました。

私たちは、Planet Saversとして革新的なDACシステムの開発を実現し、未来の次世代に夢と希望を与え、日本のプレゼンスを世界で高める、圧倒的なスタートアップを創り上げることを約束します。
2050年、1ギガトンのCO2を我々の装置で回収し、100年後も美しい地球を守ります。

 

 

 

 

 

起業しました!~起業家1年目の振り返り~

こんにちは、けーくんです。超久しぶりの投稿です。

実はこの2月にMIRAIingという教育ベンチャーを起業しました!

www.miraiing.com

年の瀬を迎え、起業してほぼ一年が経とうとする今、起業の経緯と起業を通じたTakeawayについて書き留めます。

 

  1. 起業の経緯

前回の記事(もう2年前、、、)でも書きましたが私はケンブリッジMBAを経てソフトバンクのロボット事業会社にグローバルビジネス開発担当として就職しました。

 

AIロボットをグローバル展開するというめちゃくちゃエキサイティングな業務内容に魅力を感じ、高年収の外資系大手テック企業のオファーをお断りして入社を決めました。

しかし実際に就職すると、タイミング悪くコロナが直撃、出張もままならずグローバルな事業実施はかなりバーチャルなものになり、燻ぶっている自分がいました。

 

実はソフトバンクに就職を決めた理由はもう一つありました。新しい事業をグローバルでスケールする経験を通じ、起業という私の中長期的なキャリアビジョンに繋がると考えたからです。

ケンブリッジはヨーロッパでも有数のスタートアップハブで、そこら中に起業家・投資家がいる町でした。MBA同期の多くも就職先にスタートアップを選び、1割ほどの学生はMBA直後から起業していました。

そんな彼らに刺激を受け、私もいつかは起業したいという想いを抱くようになりました。

 

特に、僕自身の日本・アメリカ・ケンブリッジでの学習体験、そしてJICA等過去のキャリアを通じた経験から、詰め込み教育から脱却した実践的な学びを中高生や大学生に届けるような教育事業をやってみたい、そうすることで未来を創るリーダー・イノベーター・チェンジメーカーと言われるような人材をもっと増やすことに取り組んでみたいと漠然と考えはじめました(具体的な原体験等の詳細は長くなるのでここでは割愛します)。

 

本業で起業に繋がる経験が得られないなら、仕事の外で試してみようと、入社して2か月後、友人の始めた教育事業に関り、実際に自分が届けたいと思った授業を無料で実施してみることにしました。

初回の授業は何と全国各地から50人以上の中高生・大学生が集まり、授業後のアンケートではとても前向きなフィードバックをもらい、正直に言うと本業より大きな遣り甲斐を感じました。

これは面白い!と感じ、その後半年ほど隔週で授業を続けました。

同時並行でこの取組を事業化できないかとユーザー候補となる中高生や保護者100名以上にアンケート・インタビューをし、ビジネスアイデアを練ってビジネスコンテストに応募したり、投資家や起業家、スタートアップ関係者の方々に相談もしてみました。

アンケート・インタビューからはユーザーがやはり今の教育システムに不満を抱いていることは明確に見えたものの、本当にマネタイズできるのか見えないところがありました。また、ビジネスコンテストも落ち続け、相談させていただいた投資家・起業家の方々からもビジネスとして微妙ではないか、なかなか投資は難しい、というフィードバックが大勢を占めめました。

 

どうしようかな、、、と思っていたところ、何名かの起業家の方からとりあえず一回有料のプログラムを自分でやってみては?というアドバイスをいただき、今の会社の事業の前身となる、パイロットプロジェクトを実施することにしました。

最初は10名も集まればいいかなーと思っていたのですが、初回から全国、さらには海外に住む日本人の方まで、25名が集まり、凄く熱量のあるプログラムが実現し、継続して参加したいという声もいただきました。

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同時に、01Boosterさんが実施されたビジネスコンテスト、01Startの入賞も決まりました。

正直MBA留学でかなりお金を使ったのでもう少しソフトバンクで働きながらサイドビジネスとして取り組むことも考えていたのですが、これはもう、とりあえず起業しろという天の声だろうと思い至り、2月に法人登記し、4月からソフトバンクを離れてフルコミットで事業に取り組むことにしました。

 

  1. 起業を通じたTakeaway

幸い起業直後から事業はある程度上手く進み、創業から1年もたっていませんが累計参加者(中高大学生合算)は250名を超えました。また、7つの学校で単発授業から数か月間のプログラムまで提供させていただき、現場を知る貴重な機会もいただきました。

 

起業1年目としては上々のスタートではありますが、既にめちゃくちゃ色々と学び(&失敗)があり、いくつか私個人の備忘録として、そして起業に関心したいという方への参考にもなるかと思い、Takeawayをリストします。

 

①Customer Obsessedであり続けること

Amazonの創業者ジェフ・ベゾスの有名な口癖に、「注目するのは顧客であって競合他社ではない」というものがあります。

競合との差別化ももちろん重要だけど、それ以上に目の前の顧客に最高のサービスを届けることが大切という考えです(Amazonでは会社の指針としても「顧客への執着(Customer Obsession)」を前面に押し出しています)。

この非常にシンプルな考えを実行することがいかに難しいことか。

事業を行う以上、お客さん(弊社でいうと参加者となる学生さん・保護者の方)により良い価値を提供すべく努力することは当たり前なのですが、どうしてもより事業を広げていくにはどうしたら良いか、ビジネスとして利益を上げるには何が必要か、色んな競合がいる中どう勝っていくか、という雑念を抱いてしまいます。

その結果、目の前の学生さんへ届ける価値を疎かにしてしまいそうになることもゼロではありません。

そんな自分に気付いて軌道修正し、顧客である学生さんに真剣に向き合い続ける。

その当たり前を愚直に行い、積み重ねて、顧客に求められる優れた事業は生まれるのだろうと感じています。

 

②社会起業における一人一人へのインパクトとスケールの両立はそんなに簡単ではないということ

教育ビジネスは営利事業であると同時に公共性が高いことから、必然的に社会起業にもなります。

その結果、ビジネスとしてスケール(数的な拡大)することと同時に、一人一人の裨益者=顧客となる学生に提供できる価値・インパクトも、普通のビジネス以上に重要になります。

しかし、一人一人に提供する価値を高めようとすればするほど数的な拡大は当然簡単ではなくなります。

私としてはこの二者の両立を図りたいのですが、想像していた以上に難しい。

特に教育の場合、提供価値を高めようとすると顧客にもコミットメント(負荷)を求めることになるため、受験に生かせる等への分かりやすいメリットが無いものだと、一気に顧客を増やすことはなかなかできません。

時間をかけて愚直に事業を続ければある程度の規模までは到達することは可能だとも思うのですが、もっとそのスピードを早められないか、より大きな規模に広げられないかと常に考えてしまいます。

その難しさをどう乗り越えるかまだ見えてはいないのですが、このエキサイティングな問いへの解を示すべく、引き続き向き合いたいと思います。

 

③自己承認欲求や恐怖という負の感情に向き合った上で挑戦を続けること

一人で起業するとめちゃくちゃ孤独です。

自分のやってることは本当に正しいのか、価値を提供できているのか、取組は広がるのか、この取り組みを続けることで社会は変わるのか、自分の人生・キャリアにとっても意義のあるものになっているのか、常に不安と恐怖がこみ上げます。

そんな中で、誰か第三者にこの取り組みを認めてほしい!という、自己承認欲求が強まります。この自己承認欲求を認めてくれるものとして、起業家にとってはビジネスコンテストやアクセラレーションプログラムがあります。事業を加速しより良いものへと昇華させるために存在するこうしたプログラムですが、起業家の登竜門としても機能しており、多くの起業家はプログラムに選ばれることで自己肯定感を満たされている側面があるのは否めないのではないかと思います。

私もご多分に漏れず、常にビジコンやアクセラを探し、多くのプログラムに申込み、落ちて、また申し込んで、という繰り返しでした。

9月頃に実績もついてきて、二つのプログラムに運良く採択され、めちゃくちゃ嬉しかったのですが、実際に始まってみるとどちらも結構忙しく、事業を前に進めるための時間をかなり取られてしまったというのが正直なところです。

勿論事業を前に進めるために参考になる内容も多いプログラムですが、そうではない内容もありますし、拘束時間も長く、結果的に事業が疎かになってしまう場面もあったと感じています。

そうじゃないだろうと。起業家のゴールは事業を磨いて、より良い価値を提供することだろうと。

人間である以上、自己承認欲求も恐怖も、当然沸いてきます。そうした感情が自らに生まれていることを認めてしっかりと受け止めつつも、そういった負の感情に必要以上に振り回されず、しっかりと前を向いて挑戦を続けること。様々な選択肢がある中で本当に意義のあるものを選び、事業を前に進めることに全力で取り組むこと。

その重要性に気付けました。

 

以上、長文となりましたが、この一年の振り返りでした。

来年はこれまでの経験・学びも生かし、より多くの次世代リーダーに、より良い価値を提供すべく更に事業をドライブしていきます。

一緒に事業を前に進め、未来を創る仲間も募集したいと考えているので、もしリーダーを育てる教育事業にご関心があれば是非ご連絡ください!

 

来年もどうぞよろしくお願いいたします。

それでは皆様良いお年を!!

MBA留学のその後:ニューノーマルへ身を置かんとす

明けましておめでとうございます!

令和元年もあっという間に通り過ぎ、気づけばオリンピックイヤー2020到来。

 

そんなタイミングで、遂に1年半ぶりのフルタイムの勤め先が決まった。

ソフトバンクロボティクスだ。

www.softbankrobotics.com

 

馴染みの無い方のために。ペッパー君を販売している会社だと言えば分かるだろうか。

 

しかし、実は他の会社からもオファーはもらっていた。また、GoogleやアフリカフォーカスのVC/アドバイザリーファームであるDouble Feather Partners(以下DFP)でインターンをさせてもらったりもしている。

 

そんな中でどうしてソフトバンクロボティクスに決めたのか。インターンはどうだったのか。このブログではJICA退職からケンブリッジへのMBA留学について中心に書いてきたが、今後MBA留学をする方のキャリア選択の参考に多少はなるかと思うので、留学関係最後の記事として人生初の転職活動について書くべく筆を取りたい。

 

  1. 就職活動の一般的総論

ヨーロッパ1年制MBAという前提になるが、就職活動は留学してすぐに始まる。本格的な授業が始まるよりも前に、学生同士でお互いのCVをレビューするセッションが提供されたり、コンサル・テック・金融等のMBA生にとってメジャーな就職先の説明会がキャンパスで連日開催される。と思ったらあっという間にフルタイムの就職先の選考も開始し、有名どころだとSamsung, IFC, BCGあたりが確か入学年の9月末、10月中旬くらいを書類提出期限に設定していた。1年制のMBA制からすると、「いやいや留学して早速かよ!勉強追いつかねーよ!」って感じなのだが、これは基本的に各社アメリカの2年制のMBA生を基準に就職活動を設定しているからだろう。アメリカや一部ヨーロッパの2年制のMBA生は、1年目が終わるとほとんどがサマーインターンに行き、そのまま就職先が決まるというケースも多い。そこで青田刈りされる前に選考を進めたい、という意図が企業側にあるのでは無いかと想像する。

 

そしてしばらくして晩秋・冬くらいになると、今度は大手企業のサマーインターンの選考がスタートする。1年制のMBAの場合は本採用の選考とサマーインターンの選考が同時並行で行われるため、なかなかめんどくさいが、多くの学生が両方受けるようにしていると思う。インターンからだと本選考に直接挑むよりも採用される可能性が高かったり、就職前にフィット感を測ることができるため、スムーズに就職できる確度が高まると言われていることに加え、フルタイムの就職先が決まった場合でも、夏に全く異なる経験を積むことで将来的なキャリアの幅を広げられるからだ。そのため、MBA生の中には1ヶ月くらいのインターンを複数受ける人もいる。

 

ちなみにサマーインターンの選考は入学翌年の春頃に大手のものが終わるが、スタートアップのインターン等は結構夏の直前に出てくるもの等も多い。フルタイムの選考に至っては探せば勿論年がら年中やっている。

 

そのため、学生によっては学業のプライオリティを下げて、ずっと就職活動に時間を割いているパターンもある。個人的には、それMBA来る意味ある?って感じもしなくは無いのだが、ポストMBAキャリアというのはある種好きな業界にキャリアチェンジするための一番のゲートウェイであるのは間違い無いので、完全に否定することもできない。

 

  1. Kのケース:タイムフレームの大枠

次に、具体事例として私の就職活動の大まかなタイムフレームについて話そう。

前提として、私の場合、MBA後のDream JobとしてインキュベーターやVC、テック企業を設定していた。その中でも特にGoogleは親会社であるAlphabet傘下に気球からWifiを飛ばすLoonや都市開発を手がけるSidewalk等、テクノロジーを通じて社会を良くする、ワクワクしたイノベーションを多数仕掛けており、アフリカをカバーするヨーロッパオフィスの関係ポジションで働けると面白いように感じていた(※企業によってはドバイ等からアフリカをカバーすることもある)。ただ、ヨーロッパで就職活動を少ししてみて、いきなり現地のそういったポジションに行くのは難しいことも理解した。そもそもヨーロッパでの就労ビザ無しでは採用しない会社も多く、その中でもビザ取得をサポートする企業には、ヨーロッパ中から優秀なMBAがこぞって応募してくるからだ。ビジネスバックグラウンドがなく、ネイティブばりの英語を喋れる訳でもない私にはなかなか厳しい戦いだった。それなら日本でしばらく勤めてみて、慣れてくれば異動、というのが現実的かと考え、ケニアやダブリンのオフィスと並行して、日本のサマーインターンにも応募してみたところ、運良く日本のGoogleインターンとして拾ってもらえた。

他にもいくつかフルタイムやインターンを受けていたが、Googleインターンが決まったところでストップ。折角のMBAなので、その分を学業と、ビジコン、アフリカ関係のコンフィレンス等の課外活動に注力することにした。

そしてGoogleインターンが終わる直前の2019年9月後半くらいから少しずつ就職活動を再開した。この頃には中期的に起業したいという想いが強くなってきていたため、テック系やVCに加えて、ワクワクする事業を手がけているスタートアップもいくつか受けてみた。

同時に、折角色んな経験を積む機会ということもあり、学生時代からの友人である武藤氏がCEOを務めるDFPで、エジプトを中心とした新規市場開拓のインターンをさせてもらえることになった。

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ナイジェリアでDFPCEOの武藤氏、そしてクライアントと。

DFPでのインターンは2020年1月末までだったため、同年2, 3月から働くイメージでゆっくり就職活動を行った。ただ、2019年12月になっても決まらなかったためこの1ヶ月くらいは若干焦り始める。念のためテックの中でもこれまで関心の薄かったSaas系やコンサルも受けようかな、と周りに相談を始めたところで、初めから志望度の高かったテックの外資大手やソフトバンクロボティクスからオファーがもらえてかなりホッとして新年を迎えることができた、というのが正直なところだ。

 

  1. MBAインターンの是非

就職に際する意思決定を振り返る前に、MBAインターンについて、自分の感じたところを、特にこれからヨーロッパの一年制のMBAに行く方にお伝えしたい。MBAインターンは非常に素晴らしい機会であると同時に、失うものも大きいように感じたからだ。

私自身のMBAインターンの経験は貴重なものだった。世界でも類い稀なエクセレントカンパニーであるGoogleでは、社会を革新する組織がどのようなカルチャーで、どんなワクワクするテクノロジーが生まれてきているのか、そういった環境で活躍するにはどのような能力が必要なのか、といったことを学び、自分はどう成長すべきなのか見つめ直し、パワーアップすることができた。また、自身もスタートアップとして爆進しながらアフリカのスタートアップをサポートするDFPでは、スタートアップで働くとはどういうことなのか、成功するスタートアップには何が必要なのか、そしてアフリカがこれからどう変わっていくのか、といったことを知ることができた。

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Googleインターン、噂のTGIFで。

他方、結果として元々希望していたヨーロッパでの現地就職の道を難しくしてしまったようにも感じる。インターンは当然フルタイムのため就職活動のための時間がなかなか取れないし、それぞれ日本とアフリカで行われたため、物理的に距離のあるヨーロッパの企業を調べたり選考を受けるのもなかなか難しくなるためだ。勿論強い意志を持てばできないことはないが、ヨーロッパに滞在している時にMBAの同級生とも支えあいながら行うのに比べると、情報量で言っても精神的に言ってもなかなか厳しい。スタートアップとかだと現地就職の機会も結構ある気がしているのだが、情報やネットワークを駆使する必要が出てくるため、現地にいないと難しいことは否めない。

また、日本で外資系のテックのフルタイム採用の機会を探す場合も、年末の就職活動は実は非常に難しいということも知った。外資テックでは毎年ヘッドカウントと呼ばれる採用枠を決めてから採用を行うのだが、これが大体その年の1月、2月くらいまで決まらないのだ。なので、インターンが終わる前後、就職前年の9月から就職活動を行っても、年内採用のポジションしか見つからないことが多い。面白そうな機会を泣く泣く見逃すということも起こりうる。

さらに、インターンが必ずしも採用直結というわけでもないため、インターン中はかなりのプレッシャーに晒される。周りの多くのMBA生もインターンは本当に全力投球で、深夜や週末まで働く人も多い(※Googleはその点ホワイトです。念のため)。フルタイムで直接採用されていればもう少しゆとりを持って自分のペースでパフォーマンスを発揮できる可能性もあろうが、短い期間で結果を出さないといけないことから焦ってしまい、思ったような働き方・成果をあげられないということもあるように思う。また、そもそも外資系やスタートアップではポジションが消えるということもあるので、パフォーマンスが発揮できても、採用枠が無い、と言ったことがある。私の場合もGoogleは詳細割愛するがインターンを通じたご縁は無く、別途フルタイムの採用を受け直す必要が出てきてしまった。そう考えると、本当に勤めたい職場が直接フルタイムの採用を行なっているなら、最初からそっちにアプライした方が良いケースもあるかもしれない。

勿論、繰り返しになるが、MBAインターンの経験は本当に貴重だと思う。Googleからも、DFPからも、多くのことを学んだ。自分がどういう生き方をしたいのかを考える機会になった。また、自分のキャパを広げることもできた。ただ、デメリットもあることをよく留意した方が良いのは間違いないので、参考になればと思う。

 

  1. Why Softbank Robotics?

そうした中、何故ソフトバンクロボティクスに入社することを決めたのか。

正直めちゃくちゃ迷った。もう一つオファーを同時に出してくれた外資大手テックもなかなか面白いポジションで、クラウドを中心とした幅広いサービスを用いて日本のクライアントのデジタライゼーションを加速することを目指していた。また、グローバルな幹部育成プログラムであるMBA採用の枠になるため、管理職一歩手前のポジションで入り、数年働けばマネージメントも経験できるとされていた。さらに、オファー金額はJICAの頃の給与の倍くらいになる計算。私費でMBAに行くために支払った費用を鑑みれば、魅力が無いと言えば嘘になる金額だ。

 

翻ってソフトバンクロボティクス。日本ではペッパー君のイメージ先行だろうが、実はソフトバンクの出資先も含めて色々と面白いロボットを手がけている。例えば、バク宙もできる人型ロボAtlasを開発するボストンダイナミクスや、ロボットに搭載可能な自動運転技術BrainCorpも出資先。BrainCorpの技術を用いてソフトバンクロボティクスはAI搭載掃除ロボのWhizを開発しており、今回もらったオファーは入社したらWhizの欧州での販売を現地と連携しつつ日本から推進していくことになる予定だ。

 

www.youtube.com

最終的には今後の世界のあり方とキャリア形成について考えて、そして自分の心の声を聞いて覚えるワクワク感から意思決定を行なった。

ここ最近の私の世界観・未来観は、ユヴァル・ノア・ハラリの書くサピエンス全史、そしてホモ・デウスに立脚している。AIを中心とするテクノロジーの発展により、シンギュラリティーに近い状態に世界が達するという予測だ。そこまで行かなくとも、技術は人の力を超えていき、それが社会を規定し、我々ホモ・サピエンスもまた技術に立脚した社会システムの中で規定されていくと想像する。特に、ロボットや宇宙関係のテクノロジーの台頭の中で、先進国のみならず私が中長期的に主戦場にしたい発展途上国でも今後、人の生き方は大きく変わらざるを得なくなるのでは無いかと思う。そうした中で、これから指数関数的に成長していくであろうロボット産業の最先端に飛び込むのは、今だからこそ面白いだろうし、未来を予想してキャリアを築いていくという意味で、将来的にも価値を持つと考えた。

加えて、今自分の頭を離れない中期的なキャリアビジョンである起業という観点からもソフトバンクロボティクスは魅力的だ。ソフトバンクグループのロボット専業部隊として立ち上がった同社はスタートアップカルチャーを持ち、潤沢なキャッシュを用いてスピーディーなスケールを目指している。起業するなら社会を革新するようなサービスを作って、それをニューノーマルにしたいと考えるが、そういった観点でこれまで数々のニューノーマルを日本に作ってきたソフトバンクのスタートアップ部隊はきっとベストオプションに違いない。

それならソフトバンクだよね、何でそんなに悩んだの?と思われる方もいるだろう。正直に言えば金だ。繰り返しになるが、MBAの費用は高い。一年制でも一千万以上かかる。JICAのしがない給与で良くやりくりできた方だと思う。起業するにも金がいる。そしてそろそろ結婚したいがそれもまた金がかかる。スタートアップをいくつか受けつつそちらに強く軸足を置けなかったのも給与がネックだった。相談したMBAの友人からも、金額の開きが大きいならそれを理由に決めても良いのでは、とアドバイスをもらったりもした。それだけ外資大手テックのオファーは魅力的な金額だった。

色んな人に相談したが、そんな中で思い返したのがGoogleで出会ったとある女性役員の方のお言葉。自身もMBAの出身である彼女はとても温かい方で、多忙な時間を縫ってインターンの僕のために30分使ってキャリアコンサルテーションをしてくれた。輝かしいキャリアを歩む彼女に、キャリアを選択する際に給与という軸についてどう考えるのかを尋ねたところ、絶対にお金を判断基準に据えてはいけないと諭された。心の声を聞いて、本当に自分がやりたいことを選んで一所懸命働けば、自然にお金はついてくるし、何より自分が一番生き生きと生きられる、と教えてもらった。

それから数ヶ月して目の前の2つのオファーで揺れる時、彼女の言葉が大きな意味を持った。そう、心の声に耳を傾ければ、圧倒的にソフトバンクロボティクスだった。これからの社会で中長期的に必ずAIやロボットが規定要因となっていく中で、ニューノーマルを創っていくソフトバンクロボティクス、そんな面白い機会に携われることに段違いにワクワクするのだ。答えは決まった。オファーレターにサインし、僕の長かった初めての転職活動は遂に終わりを迎えた。

 

とは言え、だ。これは新しいキャリアの始まりにすぎない。そして、キャリアの意思決定に正解なんてきっと無い。

僕の前に道はない、僕の後ろに道はできる。

この意思決定が正しいかどうかは、僕自身がどうやって歩むのか、何を成し遂げるのか、結局のところそれ次第なのだ。

 

2020年という節目の年を最高の転機だったと後から振り返られるように、覚悟を持って、全力で頑張ろう。

本年もどうぞ宜しくお願いいたします。

【7年前から転載】 40年後の僕へ。

7年前、就職活動を終えた直後にFacebookに書いて結構バズった記事を転載します。

この記事を書いた当時の自分に対して胸を張れる人生を歩んでいたいと思うので、備忘録まで。

++++以下、転載++++

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結論から申し上げますと、5年間、憧れ続けてきた外務省に落ちました。

 

「悔しい。」

 

この一言に尽きる。

 

けど、今のこの想いから逃げては、本当の意味で前に進めないのだと思う。

むしろこの悔しさを糧にして、自分の人生を切り拓いていくべきなのだと思う。

だから、自戒を込めて、40年後、自分が輝いていられるように、他に在りえたどのシナリオよりも充実した生を歩めているように、5年間を振り返って、今の、この瞬間の自分の想いと、決意を綴りたい。

 

■外交官に憧れて

僕が外交官になりたいと思ったきっかけは学部時代に出会った模擬国連。一国の代表として国益を賭けて国際問題を討議し、妥結を図るこの活動に、僕はハマった。

特に嬉しかったのは全米大会と全日本大会で海外の参加者に言われた言葉。「外交官として常に全力で議場を駆け回り、国益達成に注力する姿に感動した。」「最高のロシア大使だった。一人のロシア人として敬意を表したい。」胸が熱くなった。

気づけば外交官として、世界の秩序を守りたいと考えるようになっていった。

 

けど、自分の興味の湧く国際問題は、日本の外交課題よりも、むしろ国際社会の課題、とりわけ途上国における絶望的な状況、先進国との差であった。

ぶっちゃければ、外交官にはなりたいけれど、日本のために本当に働きたいとは強く思えなかった。

 

それでも、結果がついてくれば道は開けると信じて、模擬国連に打ち込んだ。大会で最優秀賞を受賞し、模擬国連で自分にできる最高のパフォーマンスを実現できた。

運営にも精を注いだ。京都研究会の代表として、後輩を育てるために全力を尽くした。大会の運営統括として、より多くの参加者に模擬国連を好きになってもらえるように、働き続けた。

 

公務員試験も、それこそ血反吐を吐くくらいに勉強した。

模擬国連ばかりやっていて、法学部なのにさっぱり法律が分からなかった。にも関わらず、勉強を始めたのは周囲より遅かった。だから、ひたすら勉強した。毎日平均10時間。直前は14時間。

勉強を重ねていくと、試験への不安は消えていった。案の定、試験は通った。そしていざ最後の関門、官庁訪問へ準備を始める。

知らない人のために簡単に説明すると、官庁訪問は国家公務員の採用のための集中面接期間。平均して、3つの役所が回れる。僕は外務省の他に、経産省財務省を回った。回った理由はシンプルに、人に魅力を覚えたことと、業務の幅広さに自分を広げられる可能性を感じたから。

 

■挫折と、再スタート。

官庁訪問の結果は、無い内定。茫然自失。気が狂うかと思った。3年間目の前にあった夢が、かくも儚く崩れ去ったのだから。しかも、最後に落ちた理由を聞いて言われたのは「コミュニケーション能力に課題がある」とのこと。正直、はぁっ?って思った。あんな面接で何がわかるんだと思った。そしてアドバイスを求めて返ってきた答えは「模擬国連から距離を置け」だった。

 

悔しかった。自分のこれまでの生き方を否定されたようで。自分の価値観を否定されたようで。

 

けど、思い当たる節はあった。内定を獲得した友人達と自分の間の決定的な差は、やはり人間としての度量の広さと言おうか、大きさが異なるように感じた。

模擬国連以外にももっと色んな経験を積んで、色んな人と出会って、小さくまとまっちゃおうとしていた自分を再び広げる必要があると感じた。

 

そのためには、1年では足りないと思った。2年かけて、魅力的な人間になって、学部卒で入省するという選択肢を取らなかったことを積極的に肯定できるような、そんな時間を歩もうと思った。

 

それからは全力だった。

 

公務員試験で吐き気が出るくらい勉強したのに、さらに大学院の入試勉強。その間祖父が亡くなって、さらに凹んだ。実際、東大の院は落ちた。運よく京大に拾ってもらえたから良かったものの、心身ともにボロボロになっていた。

 

けど、立ち止まりはしなかった。

 

イトクロ(自分の知る限り最高の人材育成企業)で長期インターン。社会人としてみっちりしごかれた。心折れるかと思ったけど、意外と生き残れた。

 

模擬国連の集大成として、自分の問題意識をすべてぶつけた会議を企画。後輩にも、先輩にも、同期にも支えられ、満足いく形で終えられた。

 

大学院では震災ボランティアに行き、被災地の現状に危機感を抱き、何かできることが無いかを模索。復興政策研究会を立ち上げて、色んな人に助けられて、精力的に活動してきた。

 

紛争と貧困への強い関心から、ナイジェリアやカンボジアを訪れた。悲しみと希望にあふれた両国に、強いインプレッションを受けた。

 

シェアハウスも始めた。高校からの知り合いの大植の呼びかけをみて、めちゃめちゃ面白そうと思った。実際に住み始めて、本当に、最高の連中と人生のかけがえない時間を創れている。

 

二年間、全力で、頑張った。

 

■再チャレンジへ

 

そして、就職活動。多分、普通の人の数倍時間は使ったと思う。つくづく俺って人にアピールするの苦手だなと思いながら。割と早めに始めたし、去年、一昨年もちょこっとやっていたからアドバンテージはあるはずなのに、なかなか結果は出なかった。悶々とすることもあった。けど、最後は最も行きたった会社の一つである、JICAからご縁をいただいた。本当に感謝。職員さんは皆さん気さくで、熱い人たちだった。同期になるだろう皆も、一人一人が強い個性を持っていて、良い奴らで、本当に素敵だった。そして何より、途上国のために現場を持って何ができるかを試行錯誤できる、最高のフィールドに、魅力を感じた。

 

けど、やはり、諦められない想いがあった。

 

外交官として、世界の秩序を創っていきたい。

国際協力をするにしても、安全保障や金融協調を含めた、広い手段のある場所にいたい。

何より、一度敗れた夢を、置き去りにしたまま次の一歩を踏み出せない。

 

そんな想いで、学生生活の総決算として、再び霞が関に体当たりした。

 

しかし、二年前に比べ、迷いは増えていた。本当に自分は国のために働きたいのか。世界のために働きたいのだとしたら、国家公務員として、国益の追求を心底望めない自分なんかが外交官になるべきなのか。純粋に途上国のために働きたいのだとしたら、本当に国家公務員が自分の人生にとってベストなのか。

 

そんな悶々とした思いを、官庁訪問中も捨てきれなかった。日本の平和を、産業を守りたいと語る、熱い想いを持つ友たちと話せば話すほど、日本にとって、俺なんかが働くことは望ましいことなのか、疑問に感じた。

 

他方、僕自身は外交官という職業にやはり魅力を感じた。第二次大戦を引き起こしたのは軍部の暴走ではなく、外交の失敗だと私は考えている。逆に、戦禍を招いた日本が他国から尊敬される国になれたのは、外交の成功によるものだと考えている。そうした外交のみが果たせる役割は現として存在し、世界の行く末を決める力だと感じた。

 

だからこそ、やはり外務省で働きたいと強く感じた。

 

しかし、徐々に外務省の評価は落ちていった。

敗因は想定通り。大切な面接でのバカな失敗だった。緊張して声を詰まらせるとか就活でもなかったと思う。なんで肝心な場面でアホなミスをしたのか。

 

正念場と言われたグループディスカッション。自分なりに必要なタイミングで必要な発言が行えたと思った。

 

けど、評価は「高圧的」。内容は見ていないとか。

結局、ご縁はなかった。

 

■サヨナラ外務省

正直、結構悔しかったよ。見えない天井を感じたよ。なまじ、一緒に大学院で勉学をともにし、夢を語った友人が次の選考フローに進む中、自分だけが二の足を踏んで道半ばで帰らざるを無いという状況が、歯がゆかった。俺っていう人間は、この程度かと思ったよ。

 

でも、意外とすっきりした。

 

最後、人事課で二年前官庁訪問をした時に、採用担当をしていたあの人とお話しする機会を設けていただいた。それだけで、僕は外務省の粋な心遣いに目頭が熱くなった。

 

その時、率直に、今年の採用は難しいと伝えられた。そしてさらに率直に、二年前と評価は大きく変わっていないと伝えられた。

 

とどのところつまり、うちの組織とは合わないのだと言われた。俺の長所は、この組織では短所と受け止められる。だから諦めろという話だった。

 

すごいストレートな物言いで、頭をガツンと一発殴られたような感覚を味わったが、逆に納得がいった。

 

そう、結局、ご縁がないのだな、と。

 

うすうす感じていたことではあったけれど。

 

そう思うと、気が楽になって、好きなことを話した。生き方の話を中心に、本のことから、二年間何をしてきたか、まで。

 

最後は握手して、背中に張り手いただいて、飲みの約束をして、一礼をした。

 

サヨナラ、外務省。

 

■40年後の僕に。

とは言え、まぁ、一つ疑問に感じたのは、それならこの二年間意味なかったんじゃない?ということだ。だって、もし以前と自分が変わってないのだとしたら、最初から国家公務員試験受けずに民間の就職活動しとけば良かった話になるわけだから。

そうすると、二年間なんだったんだろう、と思えてくるわけです。

 

しかし、この二年間、実際は僕にとって本当に意義深いものだった。

模擬国連以外に大したコミュニティーを持っていなかった僕が、全然異なる背景を持つ多くの友人と共同して試行錯誤して、一つの方向を創るプロセスを経験できたのは、大学院に来たおかげだった。その過程で、人として多少なりとも成長できたかもしれない。

また、人との出会いには本当に恵まれた。大学院の先輩や同期はもちろん、就職活動で多くの魅力的な友人達と出会えたし、シェアハウスでも沢山の新しい知り合いを創ることができた。

 

思想も学んだ。書物から、人から、経験から。シェイクスピアの魅力は大学四年になってから知った。リアリズムの重要性に、修士一年になってから気づいた。そして、現場を見ることの重要性を、修士になって、日本を、世界を、歩き回って初めて知れた。

 

JICAという最高の職場から内定をいただけたのも、やはりこの2年間があったからなのではないかと思う。 

 

外務省の内定という結果では現れなかったが、僕は僕にとって必要な2年間を、充実した形で過ごせたと、胸を張って言える。

 

昨日、高校時代の友人からいただいた言葉に、かなり感動した。”Meant to be.” どのような道も、その選択はいつか将来につながっていて、意味がある。その通りだと思う。

ケセラセラじゃないけれど、一先ずは運命に従おうと思う。

 

しかし、流される人生ではいたくない。あくまで人生は自らが切り拓くものなのだ。

JICAという素晴らしい環境。そこに身を委ねることに満足してはいけない。

自分のアウトプットを最大化できるように、常に全力で臨まなければならない。

何を持ってすれば社会に意義を提供できるのか、常に試行し続けなければならない。

それができなくなったら、それはただのLiving Dead。僕が僕であるために、前のめりに、ずっと走り続けたい。

 

最後に、40年後の僕よ。今のこの選択が、眼下に溢れる道が、最高の形で繋がっているように、しっかりと前進を続けていてくれ。決して、逃げ出さないでくれ。歩を緩めることなく、この世界のために、国際協力に全力を注いでくれ。そして、最後に言えるようであってくれ。「我が生涯に一片の悔いなし」と。

夢の終わり

ケンブリッジでの一年も、遂に終わりを迎えた。

平敦盛は人生五十年夢幻の如くと歌ったが、この一年もまるで夢幻のような時間だった。

このブログも四半期毎にアップデートしてきたが、いよいよMBAについての更新は今日で最後とする。第3学期のレビュー、そしてケンブリッジMBA全体の総括を記したい。

1. 第3学期レビュー

最後の学期は非常に余裕のある2ヶ月間で、一番自由に過ごせた学期だった。おそらくは就職活動をする学生に余裕を与えるためだろうが、授業の数が少なく、それもほとんど選択科目という構成になっている。

第1学期と第2学期は正直結構苦戦したが、第3学期は進路もそれなりに定まっていたこと、それまでの苦労のおかげで資料の読み込みや課題提出等色々と慣れていたこともあり、とても時間があった。

そうしたこともあり、第3学期はMBAを通じて一番興味を持った起業・スタートアップにフォーカスし、授業を通じてビジネスアイディアのテストを行ったのに加え、ケンブリッジ発のスタートアップでのインターンに取り組んだ。

まずは起業アイディアのテスト。MBAのプログラムの中で、個人として起業アイディアを提出する授業と、グループでビジネスアイディアを練ってプレゼンする集中講義があり、アイディアを練った。前者はケンブリッジでもピカイチ有名なラズベリーパイ(超小型コンピューター)の創業者が、後者はケンブリッジに縁のある起業家陣(教育業界世界最大手のピアソンの元CEO含む)が講師。「起業に興味があるならタイミングは常に今」、「創業直後は赤字を出すことを決して恐れるな」、「IP取るときはコストもしっかり考えろ」、等々、経験豊富なシリアル・アントレプレナーから起業のエッセンスを教えていただく非常に素晴らしい機会だった。それらの話を踏まえて、もともと興味のあるソーシャルビジネス系のアイディアと、ひたすら利益を出すことを目指したスケールアップ可能なビジネスアイディア、それぞれをテストした。潜在的なユーザーにアンケートを行ってマーケットニーズを見定めるところから、(なんちゃって)ファイナンスモデルを作るところまでやって、0から1までアイディアを形にするプロセスを経験することができた。

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理系Ph.D, ポスドク、EMBA等と臨床試験関係ビジネスのアイディアを練ってプレゼン

が、それでもまだ時間がたんまりあったため、ケンブリッジ発の折りたたみE-bikeスタートアップ、Flit(https://www.flit.bike/)でインターンをさせてもらった。

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Flitのサイトのスクショ。デザイン素敵。日本で早く売って欲しい、、、

Flitの創業者は先述の集中講義で講師を勤めていて、出来立てホヤホヤのスタートアップながらクラウドファンディングを成功させてまさにこれからマーケットに打って出るぞ!という面白いタイミングにあった。自転車でお遍路する程度には自転車を嗜む僕には非常に興味深く、その後大学でたまたま会った時に話をしてみたら意気投合し、いつの間にかインターンとして日本市場への進出戦略を検討するお手伝いをさせていただくことになっていた。結果、自転車業界というイメージはつくがなかなか知らない業界について勉強しながら、スタートアップとしてどのようにマーケットの成熟度を測り、ニッチな市場への進出のタイミング・戦略について考えるという、とても楽しい仕事をさせてもらうことができた。同時に、本当に今が一番忙しくも楽しい時期というタイミングのスタートアップの雰囲気を感じられたのも非常に良い経験で、お手伝いできたのが嬉しかった。

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Flit創業者のAlex、同じくインターンしたクラスメートのZachと。

が、それでもまだまだ時間がたんまりあったため、夜は極力作業せず、友人たちを家に招いてディナーを提供して仲を深めたり、カレッジのフォーマルディナーに行ってケンブリッジの雰囲気を楽しみ、ネットワーキングに精を出した。特に、学期の終わりにあったケンブリッジ名物のMay Week(各カレッジで開催されるMay Ballという年に一度のお祭り騒ぎが行われる週。参加者は皆タキシード・スーツ・ドレスで朝まで踊り続ける。伝統的学祭、というイメージ。)はこの非日常の街を体現した、本当に楽しい時間だった。あのキラキラした時間を僕はきっと一生忘れない。

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May Ball、朝5時まで踊った後の生存者集合写真。

2. ケンブリッジMBA総括

と、キラキラした思い出ばかりのケンブリッジでのひと時。総括するには書きたいことが多すぎる。既に過去の記事で言及したこともあるし、その中でもキャンパスビジットをした学生によく聞かれる、MBA前は予期していなかった、ポジティブなサプライズを3つ取り上げたい。

①オックスブリッジというマジカルワールド

オックスフォードとケンブリッジをまとめてオックスブリッジと呼ぶ。この二つを一括りにして特別視するのは何故なのか、実際にそこに住んでみてようやく分かった。一方ではまるで中世やハリーポッターの世界がそのまま現代に蘇ったかのような、13世紀から残る建造物やフォーマルディナー等の伝統的な儀式がありつつ、最新のテクノロジー、スタートアップ、将来の世界を担うエリートたちと言った、正に今の世界の最先端を見せてくれる。この歴史の重みと未来とを両方感じさせてくれる場というのは、オックスブリッジ以外にはやはり無いと感じた。

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ビジネス・オペレーションの試験を、ケンブリッジの伝統的なローブスタイルで受けた後の集合写真。

②やりたいことの見える化

MBAでは講義を通じてファイナンスからマーケティングまで幅広いビジネス領域について学ぶことができたことに加え、コンサルティングや起業プロジェクトベースを通じて、自分の強み・弱み等を理解することができた。加えて、ケンブリッジコミュニティの理系やパブリック系などの他の分野を学ぶ学生や、起業家から国連関係者まで幅広い業界の人たちと話す中で、自分がこの世界で本当にやりたい事はなんなのかを突き詰めて考えることができた。JICAで国際協力に携わり、エジプトに駐在する中でも色々な経験をして、多様な人々と出会って見えてくるものがあったけれど、ケンブリッジでの1年間はそれがより濃密だったように感じる。

③新しい価値観との出会い

ケンブリッジでは価値観について問われることも多くあった。例えば、私が住んでいた家にはLGBTのルームメイトが二人いて、本当にあけっぴろげにそれを公にしていた。MBAにも勿論複数名LGBTがいて、LGBT系のイベントを多数開催していた。私は彼らとも結構仲が良かったので、もっとケンブリッジLGBTの啓蒙に力を入れるべきだという議論に巻き込まれたこともあった。これまでLGBTの友人はいたが、こんなにLGBTがオープンに発信しているコミュニティというのは人生で初めて所属したかもしれない。でも別にそれはLGBTだけでなく、例えば環境問題についても本当に力強く、いろんな場面で前面に立って主張する同級生がいるし、女性のエンパワーメントについても多くの学生(男性含む)が関心を示していた。アフリカ人はアフリカ人のエンパワーメントについて頻繁に言及するし、ラテン系はラテンの価値観(時間通りにパーティーに行くのは主催者に失礼!だから遅刻するのが正義!等)を主張する。そんなダイナミックな環境の中で、これまではそうした価値観を知ってはいてもまだまだ理解していなかったし、自分の一部になっていなかったなと気づかされた。

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運営をボランティアしたCambridge Africa Business Conference.



3. 終わりに

高校の時もアメリカに1年間留学して、本当に多くのことを学んだし自分という人間の形成にも多大な影響を与えたけれど、このケンブリッジでの一年はより深い刻印を自分に残したように思う。それは仕事面でもそうだし、自分の価値観・考え方だったりもそう。そして何より、最高の友人たちに出会い、ただただ楽しい時間を過ごせたことが、人生に与える意味は大きいだろう。

昔、高校の国語の授業で、「青春という時間の価値は、失って初めて分かる」という文章が扱われたことがあった。え、どういうこと?、とその時は思ったが、大学に入って少しその意味を理解し、社会人になってあの文章の正しさに気づいた。

きっとこのケンブリッジでの経験も同じように、ジワジワと今後失ったものの大きさを理解していくのだろう。

でも、それと同じくらいに、彼の地で得たものの価値も大きいはずだ。

いよいよ来週からは東京で新しい職場での仕事が始まるが、失ったものを振り返るのはほんの少しにして、得たもの全てを腹落ちさせて、今生きているこの時にできることを大切に、未来に向かって歩を進めていきたい。

最後に、今回の留学に際して関わった皆様全員にお礼を申し上げて筆をおきたい。支えていただいて、本当にありがとうございました!Thank you Cambridge for the life-changing experience!!

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入学式の時に撮った写真。初心、忘れるべからず、という気持ちで今後も頑張ります!

 

MBA中間地点を超えまして

MBAも遂に2/3を終えてしまった。

前回の学期も本当に色んな事に挑戦して、多くの機会、学びを得られた。

明日には新しい、そして最後の学期が始まる。

より次の学期での学びを深めるため、前回の学期での取り組みを振り返りたい。

1. 授業

今学期から選択科目がスタートしたのだが、正直言って私の選択科目は可もなく不可もなくという内容のものが多く、さして特筆すべきものはなかった。一方、必修科目は今回も学びが多かった。特にストラテジーマーケティングの講義はまさにMBAといった内容で、具体的な企業のケースを取り上げて基礎的な考え方やフレームワークの活用方法について学ぶことができ、勉強になった。デジタルビジネスやガバナンスの講義も個人的には新しい分野で学びになった。が、基本的に今回の学期は授業からの学びは相対的に少なく、私にとってはむしろ授業外の課外活動が学びの中心だったと思う。

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ブルーオーシャンストラテジーに関するグループプレゼン。

2. キャリアトレック

他のMBAではプログラムの一環として海外を訪問して現地のビジネスを学ぶ機会が提供されている学校もあるが、ケンブリッジではキャリアトレックと呼ばれる、学生自らが企画する旅行が奨励されている。今年一年だけでも、10個近いトレックが学生主体で運営されていた。多くの場合現地出身の同級生が案内するのでビジネスだけでなく政治・文化・社会についても学べて非常に良い機会になっている。私自らリードしてスコットランドトレックを企画、他の日本人MBAと一緒にジャパントレックを企画、加えて他の学生らが企画したダブリン、ドバイ、南アフリカへのトレックにも参加した。個人的には一人旅が好きなのだが、普段あまり話したことのない同級生と仲良くなる良い機会でもあり、非常に良い経験になった。特にジャパントレックは私の愛する京都を素敵な世界中からの同級生に紹介できて、本当に嬉しかった。

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「清水の舞台から飛び降りる」とはどういうことか解説しました。

3. ビジコン

MBAで多くの学生が参加するのがビジネスコンペティションとケースコンペティション。前者はゼロから起業のためのビジネスプランを練り、後者は主催者が設定した特定のテーマについてビジネスアイディアを提案する。私も今学期、それぞれ一つずつ本選に参加する幸運に恵まれた。特にビジネスコンペティションの方は前々から個人的に関心のあった途上国の高校生向けのアントレプレナーシップ教育というテーマで私自らチームをリードして臨ませてもらった。インド人(マッキンゼー)、ブラジル人(ユニリーバ)、イタリア系アメリカ人(NGO)、ナイジェリア系アメリカ人(医者)、私(JICA)、というザ・ダイバーシティーなチームで、上手くマネージするのは大変難しく、結果的に準決勝止まりだったのだが、それでも起業プロセスを追体験できて非常に学びが多かった。具体的な学びとして大きかったのは起業やそれに近いチーム形成をしなければいけない際に、ある程度専門性のある人材をチームに引き入れる必要があることを実感できたことだろうか。特に、ファイナンスやテクノロジー周りについては関連する実務経験のあるメンバーに関わってもらうことが死活問題と感じた。また、スケーラビリティについても強く意識するようになった。公共政策の世界だと、基本的には目の前に横たわる社会課題を解決できるかが新規事業への投資判断の大きな基準になるが、起業について投資家はどれだけ早くスケールして投資を回収できるか、より大きな収益を得られるかを重視するのだと、プレゼン後に審査員にギタギタにされて肌を持って感じられた。

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Bangkok Business Challenge Competition。超オススメのビジコンです。

4. グローバルコンサルティングプロジェクト(GCP

前回の記事でも言及したが、ケンブリッジMBAのウリはプロジェクトを通じた実践的学習である。今学期も丸1ヶ月を使ったコンサルティングプロジェクトの期間があった。

今回は前回のプロジェクトと違い、必ずしも自動的にチームが割り振られるわけではなく、自分でプロジェクトチームを組むことができた。私の今後やりたいことを考えた場合、アフリカでテクノロジーもしくはアントレプレナーシップ関係のテーマのプロジェクトを是が非でもやりたいと思って動き始めた矢先、ジンバブエからの同級生から同国でのベンチャーキャピタル立ち上げという胸踊るプロジェクトを手配しているので一緒にどうかと、超運良く声をかけてもらえた。

これまたダイバーシティあるチームで、上述のアフリカ人(建築家)に加えフランス人(エネルギー、ベンチャーキャピタルコンサルティング)、アメリカ人(金融、マイクロファイナンス)、私(JICA)という組み合わせだった。皆非常に優秀、でも気の良い素敵なメンバーで、本当に最高の時間だった。加えて、個人的に気になっていたアフリカの起業事情についても勉強させてもらえて、素晴らしい時間になった。

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素敵なクライアントと、最高のチームと、プレゼン後の一枚。ほんと私恵まれてました。

5. ネットワーキング

最初の学期後に豊富としてネットワーキングをもっとやらないといけないと、と振り返ったが、今学期はこの点割と頑張れたかと思う。色んなイベントに参加するとともに、理系学生や起業家との交流グループに登録したり、自ら公共政策修士の学生との飲み会を企画したりした。

 

と、まぁ今学期はかなり主体的に動いて色々な取り組みができたように思う。新学期も基本的には同じように能動的に動いて煌めく体験を作り上げていきたいと考えているが、あえて一点取り組みたいことを挙げるとすればMBA内でまだあまりしっかりと話せていない同級生と飲む機会を設けることだろう。200人しかいないケンブリッジMBAの中でもキラリと光る素敵な人々がたくさんいるのだが、一緒にグループワークをする等の機会がなければなかなか深い関係は築けない。最後の学期は今あるネットワークを強めることを重視したい。

 

さて、ラスト2ヶ月、悔い無くMBA終えるべく駆け抜けます!!