It's K's life.

けーくんの備忘録です。2018年夏からケンブリッジのMBAに行きます。三島由紀夫と海老蔵に似てます。

ホームレス・アラブ女と一夜を共にしてみた。

皆さんCouchsurfing(https://www.couchsurfing.org/)ってご存知でしょうか?

 

こちら、旅行客向けのサービスで、自分の家を旅行客に提供してもいいよって人と、地元の人の家に泊まりたいっていう旅行客を繋げるものです。

 

僕は昨年ヨーロッパを一周した時もこのサービスを利用して大分助かったので、自分自身も宿無し旅行者を助けようと、「旅行者宿泊可能」としてアンマンの我が家を登録していました。

 

アンマンに来てから2か月、特に宿泊希望もなかったのですが、昨日、初めて旅行申請がありました。

27歳女性、ヨルダン人。宿泊希望理由「仕事を辞めて家が無い。」

 

えーっと、これはどういうことですかね(?_?)

 

普通若いアラブ女性が一人で誰かの家に来るとかないんですよね。ヨルダンはかなり発展していますが、やはりイスラム教国。女性は女性らしく、を重視する国です。

何だか危険な香りがする…とも思ったものの、Couchsurfingにおける彼女へのユーザーの評価は極めて高いんですよね。

 

アラブ女性を家に泊めることも一生無いだろう、えいや!と思っておうちに招待してみました。

 

 

待ち合わせ場所に行ってみると、超ウェスタナイズドされた、一件アラビーとは思えない女性がいます。しかも、男性と一緒にいます。あれ?二人とか聞いてないぞー。と思ったのですが、紹介されて愕然。「この人元旦那なのー。仕事探しを手伝ってくれてて…」

 

結局元旦那は家に荷物を運んで帰っていきました。日本アニメ好きなとってもナイスガイ。何故別れたのかこの時点では謎でした。

 

さて、そういうことで、彼女の身の上話が始まります。

 

彼女の名前はラウア。28歳ヨルダン人。女性。

父はパレスチナ人、母はシリア人。彼女自身、イスラム教徒ということです。けど、酒も飲むし、タバコも数。スカーフはしない。露出もアラブ人女性にしてはかなり高い。

父がとてもリベラルな人で、その影響を受けて自分も男みたいに育ったということです。

ヨルダンに生まれたものの、母の故郷のシリアで幼少期を過ごしました。しかし、シリアではパレスチナ系への偏見、扱いが酷く、10年ほどしてサウジアラビアに移ったということです。

その後、再びヨルダンへ。そこで彼の元旦那、オサマと出会い、劇的な恋に落ちます。

オサマはちょっとアフリカ系の血が流れており、ヨルダン人からすると、「黒人」にカテゴライズされるそうです。そんな彼との結婚には、ラウアの家族とオサマの家族、双方から猛烈な反発にあったそうです。

ヨルダンではアフリカ系も一応ベドウィンとして扱われ、ヨルダン人とみなされています。しかし、実際には社会的な壁があり、その間の結婚は難しいそうです。

そして彼女たちは駆け落ちしました。エジプトに二人で向かい、結婚したのです。ラウア、齢21のときでした。そこで彼女たちは娘も生まれ、幸せを手に入れたそうです。

が、それは束の間でした。互いの家族が結託して二人の邪魔をし、離婚に向かったのです。しかし、オサマは彼女を愛しています。その後も再婚、結婚を繰り返し、今再び離婚状態にあります。

コーランでは3度までしか離婚は認められず、再婚は許可されていないそうです。そんな中でイスラム教徒の二人がそうした人生を営むのは非常に難しいことらしく、ラウア曰く、オサマがどんなにナイスガイで私を愛していても、苦しい時に自分を9度置いて行った彼とは、もう二度と結婚できないと言っていました。

 

ラウアの話は続きます。何故今ホームレスなのか。

彼女は結婚している時もちょこちょこ働いていました。しかし、そこには壮絶な女性蔑視がありました。ある日、上司がラウアの腕を掴んで言いました。「俺と寝ろ。旦那より絶対良い思いをさせてやる」。日本ならセクハラで訴えるところですが、ヨルダンではそれはむしろ自分にとってマイナスで、拒否していたら結局仕事を辞めることになったそうです。その後は仕事を転々。どこでも尊厳ある女性としての扱いをまともに受けることはできなかったそうです。

離婚するまではまだそれでも何とか食えていましたが、離婚してからは家がなくなってしまいました。父は亡くなり、イスラム教徒の母や他の兄弟とはソリが合わなくなり、絶縁状態になってしまったそうです。仕方なく、寮が用意されたボランティアの仕事につきますが、どこに行ってもSexualな目で男性から見られたり、酷い待遇で迎えられるそうです。

昨日まで働いていたユースホステルでは、一日15時間勤務、食事もまともに出ず、夜中も客が来ればたたき起こされ、まともに仕事をしないオーナーの代わりに頑張っていたそうですが、あまりに旅行客を見下し、騙すオーナーと大喧嘩になり、寮を出て、今に至るそうです。

彼女曰く、イスラム社会での女性は未だに「Just a hole for men」とのこと。

もうイスラム教徒であることが耐えられなくなってきた彼女は改宗も考えているといいます。改宗するとしたらユダヤ教と言います。パレスチナ人なのに、マジで言ってるの?って感じだったのですが、聞いてみると、理由は簡単。イスラエルに住めて、アメリカにも自由にいけるから。ただ、イスラム教からユダヤ教に改宗したことが知られた場合、この国では物理的に殺害されるリスクが大きいため、現実的には難しいということでした。

一見すると女性の社会進出が進むヨルダンで、彼女の人生、境遇は私にとっては衝撃的でした。

そんな彼女は今、中国人の映像専攻学生とともに、とあるプロジェクトを考えているとのこと。ヨルダンの北から南まで、ヒッチハイクで横断し、新しいアラブ女性の生き方を発信したいとのことです。スポンサーを募り、将来的には世界を旅して、アラブ女性たちにもっと自由な生き方ができるんだということを伝えたいのだそうです。

現実的には非常に難しいと思いますが、プロジェクトが形になればどんなに素晴らしいことか。彼女の輝ける将来を願い、筆を置きます。

ほぼ隔週けーくん新聞 号外:米英仏のシリア軍事介入について-何故、今なのか?-

こんばんは、密かに国際政治専攻、人道的介入の研究など大学時代に行っておりました、ヨルダンOJTのけーくんです。

現在日増しに米英仏を中心とした欧米によるシリア軍事介入に関しての報道がなされていますが、その多くは「何故今か」という問いかけに対し、非常に断片的な答えしか呈しておらず、全体像を捉えきれていません。僭越ながら、普段の新聞とは別に、シリア情勢ウォッチャーの一人として、シリア軍事介入の「何故」に関する「私見」を記します。

1.
何故欧米は武力介入を躊躇ってきたのか。
現在のシリアの混乱は、他国でのアラブの春と同時期の2011に始まりました。それから二年。10万人に上る犠牲者と100を超える難民を生む、今世紀最大の人道危機が今そこにあります。
それなのに、何故欧米はもっと早く軍事介入という行動に出なかったのでしょう
これに対して、表面的には露中による安保理での反対という話がよくニュースでは取り上げられていると思いますが、90年代のユーゴ、03年のイラクと、法的な授権無しに武力行使に踏み切ったという事実は過去にあり、今回も安保理の機能不全を理由とするか、もしくは曖昧な構成要件に基づく「保護する責任」などの概念を用いて事実上の行動に移すことも不可能ではありませんでした。
現実には、以下のような更に複雑な理由が絡み合い、欧米の武力行使を躊躇わせているのです。
費用対効果の悪さ
戦争というものには常に犠牲が付き物です。人的、物的、金銭的なコストは測りかねません。直近においても、欧米諸国はイラク、アフガンと二度の戦争の結果、多大な犠牲を払いました。今回もそれは目に見えています。他方、シリアには天然資源もなく、介入による直接的な利益というものは非常に少ない。リーマンショックに端を発する不況からの回復途上、財政危機が叫ばれる中、国民の支持を得るための条件としてのコストに対する直接的なベネフィットがあまりに少なかったのです。
第五次中東戦争の可能性
現在「内戦」とされるシリア紛争は現実には非常にグローバルなものです。政府軍にはレバノンのヒズボッラーやイランの革命防衛軍を派遣し、物的から人的まで支援を行い(北朝鮮の兵士がヘリを運転していたとかいう謎の情報も…)、反政府軍にはサウジ、カタールなど湾岸の大国から資金面、装備面での支援がなされています。そのような状況下での軍事介入は、米国との繋がりの深いイスラエルへの報復とともに、レバノンやイランの本格的な軍事介入を招く可能性も多分に見込まれます。流れ次第では第五次中東戦争という、第三次にも拡大しかねず、下手な手を打つことが出来ないわけです。
戦争後の統治の困難性
もしも本格的な介入がなされ、アサド政権が崩壊したとすると、統治が極めて困難です。現在シリアの反政府勢力は百を超える数に上ります。穏健なものも勿論ありますが、軍事的にはアルカイダ系がかなりの規模、活躍を行い、実効支配を行う地域も存在します。また、北部はクルド人が自治を始めており、こちらも不安定要因となります。そのような中、欧米がauthorizeした連立勢力の国民連合は海外亡命組が力を持ち、国内での支持を得ていないと言われています。
以上のような状況でアサド政権が無くなったとして、次はアフガン、イラクに続く、もしくはそれを超える悲惨なテロとの戦いに突入してしまいます。

2.
何故今介入か
では何故今軍事介入するのでしょうか。
こちらについても理由は三点考えられます。
欧米の面子
欧米はこれまで再三、化学兵器の使用を軍事介入のレッドゾーンと説明してきました。しかし、明らかに政府が行ったと分かるような形で、堂々と数百の犠牲者を出したわけです。おそらく、それでも欧米は介入しないだろうという、ある種の「なめた見方」がアサド政権にあったのでしょう。それでは流石に欧米の面子が潰れます。核開発を続けるイランや北朝鮮、そして軍事的拡大行動を続ける中国といった国々にも「弱い欧米」という誤ったシグナルを発してしまう可能性があまりにも高く、より国際情勢を不安定化させる恐れがあります。また、各国の国民も今は反戦派が多数を占めていますが、更なる大量兵器使用などが行われた場合に次の選挙でどう動くか分かりません。となれば、有言実行。行動に出ざるを得ないわけです。
シリア国内の情勢の悪化
現在シリアは更に混迷を極める状況にあります。反政府軍優位と見られたのも束の間、レバノン、イランの支援も入り、政権側が力を盛り返したためです。それに対し、反政府軍も更なる武器を得るとともに、パキスタンのタリバン、イラクのアルカイダが流入し、比較的安全であった地域までも激しい戦闘、そして過激派による支配を招くなど、混迷を深めています。
今行動せねば、もはやテロの巣窟、不安定の象徴としてシリアがなりかねない可能性があります。
中東全体の不安定化
シリアの問題はもはや一国の問題ではなく、中東全体に影響を与えています。私の住むヨルダンでもシリア人の流入による物価の急騰により、市民の生活は苦しくなっていますし、レバノンでもシリア政府支援の報復としてテロが起きています。イラク、トルコといった既に不安定な国への難民流入は更なる情勢の不安定化を招きます。すなわち、シリアの情勢が中東全体の爆弾となりかねないのです。

3.
今後の見通し
以上の流れから、米英仏は軍事介入に動きましたが、恐らく今回の介入はメディアでも報道されているように、地上戦を投入しない限定的な攻撃に留まると思われます。1.で述べたようなリスクを自ら現実化することは考えられず、あくまで「これ以上のお痛は許さない」というシグナルとしてのスポットの攻撃となる想定です。
ただ、実際にはそれだけで事態が収拾するわけがありません。シリア政府側の軍備はかなりしっかりとしており、欧米への反撃が予測されます。場合によっては更なる化学兵器の使用もありえます。その際、たとえ攻撃に参加しないとしてもイスラエルが巻き込まれる可能性は相当程度あると言えましょう。そして、イラン、ヒズボラの本格参戦もありえます(イランについては指導者層で見解が割れているという話もありますが)。加えて、シリア内のイスラム過激派が活動を活発化し、ますます戦線が激しくなり、難民が増加する可能性が高いと考えられます。実際、イスラエルは厳戒態勢を敷き、ここヨルダンでもかなりの緊迫感に包まれています。

シリア情勢について何が最善なのか最早分かりませんが、最悪の事態だけは避けられることを祈り、筆を置きます。

以上

ほぼ隔週けーくん新聞 第四号 -パレスチナ難民キャンプでホームステイしてみた-

こんばんは、けーくんです。

 

連日、欧米によるシリア介入について報道されておりますが、シリアに隣接するヨルダンでは情勢の変化を肌で感じます。

そのような大きな流れの中で、ちっぽけな不肖けーくんよりこの二週間のレポートをお送りさせていただきます。

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写真:パレスチナ難民キャンプ内の市場

 

******目次******

 

1)隔週所感

2)隔週のハイライト

3)素敵アルジャジーラアナウンサー

 

**************

 

1)隔週所感

 A)できる自分に近づくために

 昨週、日本から国際協力に関心のある一般市民の方が現場訪問する国際協力レポーターに同行してまいりました。

 こちら、日本にいる時から同行予定であると知っていたため、OJT前の部内プレゼンでも「是非一般市民の方の声を聞き、今後のJICAでの業務に活かしたい」と話していたところ、弊部部長を中心に「レポーターの方から何かを得るという姿勢ではなく、我が社の職員としてしっかりと要望に応えるという姿勢で臨むべし」というご意見をいただいておりました。

 第3号で書いたように、現場でも「最早新人ではない」というプロ意識の必要性を感じていたので、今回の動向に際しては事前に各プロジェクトの背景を調べ、一端のヨルダン事務所所員として、しっかりと対応できるように準備した、、、つもりでした。

 やはり、わざわざ貴重な時間とお金を割いてヨルダンに国際協力を調べに来るレポーターの皆さんの意気込みたるや凄いもので、矢継ぎ早に厳しい質問、ご意見が飛んできます。自分一人の知識、見解ではやはり不十分で、事務所の先輩に電話して確認をしたり、カウンターパートに聞き込むなどしてようやく答えられることも多々。また、私の話ではご納得いただけず、所長や次長にお話しいただいてようやく納得いただける場面もありました。

 市内視察でアンマン城を訪れた際には「団体観光客は必ず現地人通訳を雇わなければならない」と、現地ガイド、観光警察に吹っかけられ、警察の派出所に連行されたりもしました。(こちらは色々喚きたてて雇わずに済みました)

 そんなこんなでやりくりしていき、アンマン滞在最終夜、レポーター一人ひとりから視察報告の発表がありました。中には批判的な見解を持っていた方もいらっしゃったのですが、厳しい視点はそのままに「ヨルダンでの国際協力の意義について一定の理解を得た」というご意見もいただくことができました。また、もともと好意的であった方々からは、さらに理解を深めることができたと満足いただけたご様子でした。

 

 今回、我が社の「職員」として行わなければならないことをある程度できたと感じる一方、まだまだ諸先輩方のように分かりやすい説明を行うことも、突発的な事態に早急に対処することもできていないと感じさせられました。「できない自分がいる」ということをしっかりと意識し、少しでも「できる自分」に近づいていきたいと思います。

 また、我が社で働いているとどうしても途上国の現場や企業の方との関わりに目が向かいがちですが、納税者である一般市民の皆さんにどのように事業の意義を発信し、ご理解・信頼を得ていくか、そしてそのご意見を取り入れていくかということも常々意識しなければならないと考えさせられた一週間でした。

 

 B) パレスチナ難民コミュニティに入ってみて

 今週はこのOJTのハイライトであるコミュニティ体験として、パレスチナ難民キャンプで5日間ホームステイをしてきました。

 日中はカウンターパートのホストファザーの仕事に同行、午後の帰宅後は家族と過ごすという生活でした。

 まずはカウンターパートの仕事ぶりについて。

 アラブ人はあまり仕事しないと聞いていたところ、実際そうなのかも…と思ってしまったところがありました。

 勤務時間の少なくとも1/3近くはお喋りに使われているように感じました。アラビア語が分からないので、もしかしたら仕事の話をしていたのかもしれないのですが、業務時間との割合で言うと少し多いのかなぁという印象がありました。こっちでは一部の仕事ができる人にかなり仕事が偏っていて、ほかは仕事をしないという話も良く聞きますが、やはりそうなのかもしれません。

 しかし、我が社のプロジェクト期間終了後の案件についても、しっかりと持続可能な形で事業が続くようにフォローアップ、支援を続けているカウンターパートたちを見て、非常に嬉しく思いました。実際、プロジェクトは裨益者のパレスチナ人からも支持を受け、今も新しく事業に参加するパレスチナ人が増えているということでした。このプロジェクトは貧困世帯の女性向けの内職支援事業なのですが、世帯収入が月30000円程度の貧困層の生活が少しでも楽になる機会を提供するのは大変意義のあることだと感じましたし、何より、裨益者の女性たちが皆一様に熱心に研修を受け、自信を持って自分たちの生活の改善ぶりを語ってくれる姿を見、声を聞くことができ、とても嬉しく思いました。

 それぞれの国のそれぞれのライフスタイル、働き方がある中で、いかに賛同を得、協力者を集め、ビジョンを実現するか、それが肝要なのだろうと、今一度確認することができました。

 

 次にパレスチナ難民キャンプの生活について。難民キャンプというと、テントが張られ、着の身着のままで生活している人々をイメージする方もいるかもしれませんが、パレスチナ難民キャンプはそうではありません。40年以上の歴史を持つキャンプにはコンクリートの家々が並び、市場があり、既に一つの町になっています。キャンプではUNRWAというパレスチナ難民支援を行う国連機関や、ヨルダン外務省のパレスチナ問題局の支援が入り、学校も病院も整備され、最貧層のための支援も充実しています。国際社会の関心が向かいやすい分、以前訪れた最貧の地ゴールサフィよりも支援が充実している印象でした。

 他方、生活はやはり厳しいものがあります。難民キャンプに今も住んでいる人の多くは貧しくて街を出られない人が多く、仲良くなった若者の多くが月収4-7万程度。カウンターパートに至っては52歳で6万円程度の月収でした。アフリカや東南アジアに比べればもちろん悪くないですが、今も多くの家庭で10人近い兄弟がいるのはザラ、中には奥さんが二人いて、子供が21人というケースもある大家族社会では十分な教育を与えるのが難しい額です。特に、ヨルダンは物価が高いこともあり、大学に子供をやると100万近くの借金がかさむということもありました。

 それより何より考えさせられたのは、彼らのアイデンティティです。彼らの多くは自らをヨルダン人ではなくパレスチナ人だと言います。たとえキャンプに生まれ、実際にはヨルダンを出たことが無くても、彼らのホームランドはやはりパレスチナなのです。彼らに「君は幸せか」と尋ねれば、「今の生活について言えば幸せだが、パレスチナという祖国を訪れることができない人生を幸せということはできない」という答えが返ってきました。

 それでも彼らはユダヤ人を恨んではいないと言いました。イスラエルを建国したのはユダヤ人ではなくシオニストという少数の人々なのであり、宗教的に言えば兄弟ともいえるユダヤ人そのものを恨むことは的を得ないとの指摘でした。もっともな意見ですが、そのような冷静な意見を当事者から聞く機会があるというのは驚きでした。

 そのほかにも、文化や宗教について、ここでは書ききれないほど沢山の経験をし、たくさん考えさせられました(メッカに向かってお祈りもしました)。この地で国際協力に携わるにはやはりイスラムの文化、宗教、そして歴史について理解を深めなければならないと強く感じた一週間でした。

 

2)隔週のハイライト

ü  先週の国際協力レポーター同行の週にシリア難民キャンプの視察に行ってまいりました。

前々からこちらの新聞でも述べておりますように、私シリアについてはかなり強い関心を持っているものの、まだキャンプを訪れことがなかったため、不謹慎ですがとても楽しみにしておりました。

行ってみるとそこは別世界でした。現地人は入り口でのチェックがマスト。安全対策を専門とするローカルスタッフの警護なしには我々も入れず、移動は常に車。パリの商業通りにちなんでシャンゼリゼと名付けられた大通りには店が立ち並び、ジュエリーショップまであるという、正に一つの町。人口の少ないヨルダンでは今や人口第5位の規模です。
通りを走ると投石を受け、子供が車を叩きます。

 

そう、車の窓ガラスを境界に、内外で正に別世界が存在しているのです。

まるで、人間サファリパークを通るような気分に陥り、ひどく眩暈がしました。


暴力は日常茶飯事。劣悪な衛生環境から結核や肝炎が流行っているそうです。
協力隊員の方の活動する子供用施設を訪れましたが、すぐに喧嘩が始まる始末。えも言われぬ気持ちを胸に抱き、キャンプを後にしました

人間としての尊厳をどのように維持するのか。法的には我々のマンデートではないかもしれませんが、どうしても考えさせられてしまいます。

 

ü  ゴルフ、リベンジすべくコンペに参加してきました。参加にあたっては恥をそそぐべく、当日の朝も合わせて3度の打ちっぱなしに行き、ゴルフの師と仰ぐ某社のオジサマにもご指導いただいたのですが、スコアは前回より悪くなってしまいました…

しかし、タダでは転ばない私けーくん、ご指導いただいたオジサマ方とはすっかり仲良くなり、帰国前の飲みにもお誘いいただけました。

ゴルフに加え、社会勉強もさせていただきに行ってまいります。

 

3)素敵アルジャジーラアナウンサー

 相変わらずテレビが映らないので、アルジャジーラに代わりましてけーくんより後程シリア情勢に関する報道分析を号外でお送りします。

 興味の無い方は恐縮ですが無視してください。

 

相変わらずの長文で失礼いたしました。要点まとめるようにしないとだめですね。

残り一か月を切った海外OJT、帰国後少しでも戦力となるべく、ラストを駆け抜けます。

何かご意見等あれば、是非よろしくお願いいたします。

 

けーくん

ほぼ隔週けーくん新聞 第3号 ゴール・サフィ訪問記

どもども、こんにちは。ヨルダン海外OJT中の池上です。

 

ヨルダンはラマダン明け休みも終わり、漸くお昼ご飯に困らない日々が訪れました。

 

海外OJTも一月半が経ち、いよいよ折り返し地点。

今回もこの二週間のレポートをお送りさせていただきます。

 

 

******目次******

 

1)隔週所感

2)隔週のハイライト

3)素敵アルジャジーラアナウンサー

 

**************

 

1)隔週所感

 A)ゴール・サフィを訪ねて

 

 

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 こちらの写真を見てどう思いました?

 おや?ちょっと肌が黒めじゃない?と思った方!!

 そうなんです。彼らはかつてプランテーションのためにスーダンエチオピアから連れて来られたアフリカ人の子孫なんです。

 彼らの住む地の名はGhor Safi。ヨルダン最貧の地の一つです。ここに僕は協力隊員のお一人を尋ねて一泊二日の国内旅行で訪れました。

 目的はボランティアの現場を知ること、そして中進国ヨルダンにある貧困を知り、何を我々がなすべきなのかを考えるヒントを得ることでした。

 

 ボランティアの現場は職業訓練センター。こちらでは大学に進学するレベルの学力の無い中学卒業生に、自動車整備、溶接、美容などの職業訓練を行います。

 彼はそのセンターのマネージメントに携わり、最貧地での雇用創出をミッションとしていますが、中卒なのに読み書きすら出来ない生徒がいたり、学習意欲が無かったり、製造業への3K意識が強かったりと、雇用になかなか至らないのが実態ということでした。

 教師の方も、企業勤務に比べて低い給料の影響もあり、意欲を持てなくなってしまっているとか。

 企業の方も地元雇用に貢献したくても、「危険」すら読めない、意味が解らない、ということではちょっとどうしようも無いという話でした。

 

 職業訓練センターを後に、村をプラプラ歩いていると、色んな人から呼び止められ、話してみました。

 一ヶ月の所得は15,000円くらいで、子供の面倒も見ないといけずにギリギリとか、職すらなくてひたすらゴロゴロしてるとか、

 トマト農家で10kg100円くらいで買い叩かれるとか、ほんとにすごい生活です。けど、不思議なことに何とか生活できてるんですよね。

 農家が多いから自給自足できるのかなとも思いましたが、この辺のエリアはかなり大家族が多く、困った時は相互扶助の精神が働いて支え合っているという側面が強いかな、という印象を受けました。

 

 夜はボランティアの中田さん(仮名)のお宅に泊まり、ゴール地区での雇用をどう創ることができるのか色々とディスカッション。

 中田さんはなんと大学が僕の実家のすぐそばということで非常に話が盛り上がりました。

 やはり、産業育成や投資を呼び込むためには基礎教育、とりわけ道徳教育とか意外と大事なんじゃないかという話をしたり

 やる気のない大卒教員がやる気のある高卒教員より給与が低いのはいかがなものかという話をしたり。

 大変興味深く、やはり現場に行かないとその国の全体像、細部を掴むことは出来ないなぁと感じました。

 (星の王子様でサンテグジュペリが「大切なことは目に見えない」と述べておりますが、その通りですよね)

 

 そんなゴール・サフィでの2日間。開発屋の卵の私にとって、そこには沢山のヒントが詰まっていました。

 中進国の罠に陥らないようにし、また、中進国の罠からの脱却を図るには、所謂底辺の社会での教育・所得レベルの底上げが肝要ではないかと思ったり。

 中進国でコミュニティの相互扶助を活用した貧困地帯での初等・中等教育の充実化は結構面白いトピックでは無いのかなと思ったり

 その辺を確かめるために、もう何度かゴール・サフィやパレスチナ難民キャンプといった最貧地帯を訪れ、アイデアをブラシュアップしてみようと思います。

 

 B)最早新人ではない。

 先週、今週と2回ばかりカウンターパートと打ち合わせをしました。はい、一人でです。

 簡単なアイディア聞いてくるだけで大丈夫だから!と言われて、「あへー、そんなもんなら」とお遣い気分で行ったところ、

 調査の仕組み、我々の提供するスキームの仕組み・上限、我々の交通分野での経験・蓄積など、詳しく聞かれてしまいました。

 日本での研修、打ち合わせ前の準備で少しばかり勉強したつもりだったのですが、細かいところが分からず、

 教育係、指導係の大先輩方に電話で指示を仰ぐという申し訳ない結果に終わりました。

 「OJT中の新人だしー」という甘えがあったのかな、と思います。

 ただでさえ調査分野の専門性がなくて話についていけないところがある中で、自分が提供可能なサービスの内容すら知らないとか、

 職員のバリューゼロでしょ、と猛反省でした。

 ただでさえ新人に見えない老け顔のわたくし、中身も追いつくため、「最早戦後ではない」ではありませんが、

 「最早新人ではない」という意識で業務に取り組む所存です。

 

3)隔週のハイライト

ü  本部では「実はポッチャリ体型」を指摘されることが多かった私。健康診断でも尿酸値の高さが指摘されておりましたが、ヨルダン事務所でも定期的な運動の必要性の指摘があったため、最低週3回の運動をマストにし、日頃のランニングに加え、ゴルフ、テニス、筋トレと、肉体改造に励んでいます。目指すはアンマンマラソン完走(42.195km104日=帰国日)。

 

順調に体力がついてきたところ、イード期間に隊員企画の旅行があったのですが、その日運動不足に陥らないようにと、調子に乗って朝から40分間全力でプールでクロールとバタフライをしてから参加したところ、まさかの直射日光の下砂漠を歩くというタフな旅行だったため、体調を崩してしまうという悲劇に遭遇しました。

夜中は美しい星を眺めるはずだったのに、トイレに籠るというある意味記憶に残る夜でした。

体調管理って、大事ですね。

 

ü  日本人テニス会で下手くそな私にご指導くださる民間の諸先輩と飲んでいたところ、

現地法人社長のお偉い方から我々の組織に対して色々ご意見がありました。

我々は(ヨルダン事務所に限った話ではなく、)日本の外交の実行部隊であるにも関わらず、何を目指し、何を展開しようとしているのか、その意志がどこにあるのかなかなか見えず、企業としては絵を描きづらいという話でした。

何をほかの企業さんに打ち込むかは政府との関係や、コンプライアンスの問題もあるし、それは仕方ないことかと思います、と言おうかとも思ったのですが、流石にやめておきました。

けど、社長さんがおっしゃることもやはり一部あって、ヴィジョンを提示し、官民の協同関係を構築することは特に今後の国際協力において非常に重要な話なのかなぁと思いました。

情報発信、難しいですね。

 

 

4)素敵アルジャジーラアナウンサー

 すいません、我が家のテレビが壊れてしまい、衛星放送が映らなくなってしまい、アルジャジーラ見れなくなってしまいました。

 というわけで、アルジャジーラではありませんが、日本のフリージャーナリストのご紹介です。

 http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20130820-00010000-wordleaf-int

 

 山本美香さん、昨年の昨日、シリアの戦火の中で凶弾に倒れました。

 我々とは異なる方法で平和の創造に志を立てる戦場ジャーナリストの彼女のメッセージは響くものがあります。

 

それでは最後に、山本さんに追悼の意を表し、筆を置きます。

この地に平和が訪れんことを願って。

ほぼ隔週けーくん新聞第二号 -新たな決意-

 

どもども、ヨルダンからこんにちは。けーくんです。

 

前回お送りしたほぼ隔創刊号に対しては、たくさんの方からご意見・ご感想をいただきました。

皆様お忙しいところ、温かいメッセージをいただき、本当にありがとうございます。

 

今回もこの二週間での心境の変化含め、見えてきたものを報告させていただきます。

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 写真:浮遊体験@死海

 

******目次******

 

1)隔週所感

2)隔週のハイライト

3)素敵アルジャジーラアナウンサー

 

**************

 

1)隔週所感

 A)新たな決意

 若干泣き言めいたことを書いてしまった第一号に対し、たくさんの方からアドバイスをいただきましたが、その多くで述べられていたのが、厳しい状況の中でどのようにして最も脆弱な人々に届くような工夫ができるかを考え、実践すること、それが我々開発屋の仕事なのだという話でした。

 確かに、想定とは異なる人々の意志に、それを仕方がないことと受け止めていました。

 そうではなく、それを前提に、我々が何をすべきで、そのためにどうすれば良いのか、そうした流れを創るための感性を養い、実践するための機会と捉えて海外OJTに臨もうと決意し、今に至ります。

 

 そうした視点で改めて、この国の現状、そしてカウンターパートを見つめてみると、少し異なったヨルダンが見えてきました。

 第一に、経済的に見てこの国をひとえに中進国として括ることは適切ではないということです。

 一人当たりGDPで言えば中進国に該当する規模に至り、金持ちは豪邸に住み、バンバンショッピングセンターを作り、物価は高く、外資のホテルが入っているような国ではありますが、技術力は非常に低く産業も発展せず、職にあぶれた人々が路上でしょうもないおもちゃや花などを売りつけています。

 その多くはおそらく人口の7割に至るパレスチナ難民系やエジプトからの出稼ぎと思われます。 

 職すらない失業者も10%に上りますし、イスラム教の厳しい戒律の下にも関わらず、一定数の乞食がいます。(ロマという説もあります)

 田舎の方などに行くと、一体どうやって彼らの経済は成り立っているのかと不思議になるほどの状況。

 そうした状況下で、パンなどの必需品を除く物価は日本並みのこの国。

 非産油国、水不足のこの国は、電力も水も貧者には非常にアクセスしにくい状況にあります。

 貧困と富が同居するが故に中進国というカテゴリーに入っているものの、目を凝らせばむしろ実際には貧しさがそこかしこにあります。

 

 第二に、ヨルダンという国のアイデンティティ維持と開発とのバランスの難しさです。

 上述の通り、ヨルダンの人口の7割はパレスチナ難民で、シリア難民ももうすぐ一割に達しようとしています。

 表面的には王妃もパレスチナ人シリア難民もオープンに受け入れて、パレスチナ人の富豪、官僚も多数おり、寛容な国に見えます。貧困対策も政策としてある程度実施されています。

 しかし、実際には少数派のヨルダン人(ベドウィンとしては何とか自分たちの国としてこの国を維持したいという思いがあり、国家としての意思決定に携わるのはあくまでヨルダン系。

 政策としてもあまりオープンに彼らを支援するようなものには慎重であるというのが実態といわれています。

 パレスチナ人の多くはヨルダン人を寛容と受け止め、自らをヨルダン人と最早とらえている人もいるのですが、やはり一線が引かれている状況であす。

 とはいえ、パレスチナ難民キャンプでも、もう普通の暮らしをしているとても幸せそうな家族も沢山いるのですが。

 

 第三に、カウンターパートもひとくくりにはできないということです。

 先週、とある案件の詳細再検討のため、アンマン市の交通行政を司る組織と協議したのですが、その際のカウンターパートは元研修員でとてもやる気のある人で、数時間に渡る協議にも真剣に対応し、自分の熱い想い・ヴィジョンを語りつつ、こちらの意向にしっかりと耳を傾けてくれて、最後はがっちり笑顔で握手することができました。

 しかも、是非アンマンの都市交通を一緒に改善したいということになり、来週、ちょっとしたお仕事を行うことになりそうです。

 前回号で話したカウンターパートはドナーとの調整がメインの組織で、 実際かなりやる気が無い印象の人たちなのですが、それもまたレシピエントを代表する立場という所掌上、仕方がないのかもと少し感じています。

 

 そうして得た新たな視点から、最も苦しい状況下におかれている人々の生活が楽になり、機会の均等につながるような案件を作ることを目指し、想いを共有できるカウンターパートを見つけ、理想を形にすることができる案件創りの実践が我々に求められるのだと今、改めて感じています。

 明日から一泊二日、ヨルダンでもかなり貧しい地域の一つであるゴール・サーフィーで活動する青年海外協力隊の隊員さんを訪ねてきます。

 この国で最も苦難に直面する人々に対し何ができるか、少しでもヒントを得られる機会とするべく、頑張ってきます。

 

 B)シリアと向き合って

 現在、私はヨルダンでの業務のほかに、シリア関係の業務も少しお手伝いさせていただいております。

 色々な国際機関の資料を読み込んで、短期、長期でできることを練ってみたり、反政府勢力について情報を集めたりしているのですが、 先々週行った物価調査のための突撃!お宅訪問で、偶然ドライバーの知人のシリア難民の家を訪ねる機会がありました

 シリアではビジネスに成功し、幸せを享受していた彼らの生活も、今の騒動の中で政府に疑われたために全てを奪われ、命からがらヨルダンに逃げてきました。

 最初は多少の蓄えを持っていたため、アパートをレンタルできていましたが、そうしたシリア人が多数いることによる地価の上昇の影響で、今の生活を維持することも難しくなっています。

 幼い子供が何人もいるのですが、学校のキャパシティは限定的で、未だに誰も学校に通えていません。

 このままでは、シリアにも「失われた世代が生まれてしまいます。

 そうした状況を踏まえるに、ホストコミュニティ支援が重要だと思うのですが、ヨルダン政府としては彼らが居つくことや、ヨルダン人の不満を煽ることを恐れ、なかなか手が届いていない状況です。

 キャンプ外の彼らへの支援はセカンド・プライオリティとも思いますが、何か打つ手はないのでしょうか。

 こちらについてもこの滞在期間に少しでもヒントを見つけたいと思います。

 

2)隔週のハイライト

ü  現在ムスリムはラマダンの期間にあり、カウンターパートも、ナショナルスタッフも作業効率が非常に低下しています。営業時間中でも電話すら出なかったりします。

いやいやありえない、と思っていたのですが、やはり実際に自分も経験してみなければいけないと思い、昨日、断食を実践してみました。

午前三時にご飯を食べてから一切、食事も給水も控えて、午後730分まで耐え忍びました。1時くらいに激しい睡魔に襲われたのですが、意外と腹の減りはそこまで激しくなく、喉の渇きも限定的です。

相当量の食事と給水を午前三時に行い、今日はずっとオフィスにいたため大丈夫だったのではないかとも思いますが、

意外とイケるじゃん!というのが正直な感想でした。

ヨルダンで長年働く職員さんにもヨルダン人ビジネスマンは普通に仕事していると聞きますし。

んー、意外とラマダン中でも上手くやりくりできるのではないだろうかと思いましたが、一か月継続して実践するのはやはり難しいのだろうとも思い、少しは共感を覚えられたけーくんでした。

 

ü  初めての死海に行ってきました!恐ろしいほどにビーチで塩が結晶化しており、非常に美しかったのですが、一舐めすると苦いどころじゃないひどい味が待っていました。おまけに、目に少し入ってきて激痛。

 塩分濃度20度マジ半端ないです。

 そんな死海、ヨルダン側には平日の夕方にも関わらず、そこそこの人が集まっていました。

 のどかな夜だなぁと思う一方、パレスチナ側では家を追われ、入植され、今もConflictの中にある人々がいるのかと思うと、切ない気持ちになりました。村上龍の小説に「海の向こうで戦争が始まる」という作品があったのをふと思い出しました。

 

3)素敵アルジャジーラアナウンサー

 今週はインドからKrishna(?)というおしとやか系、センスのいい感じのレポーターさんを紹介しようと思っていたのですが、動画を見つけることができませんでした。

 日本だとお気に入りのアナウンサーの動画をまとめてYoutubeにアップしている方がたくさんいるのですが、そういう文化は海外にはあまりないのでしょうか??

 次回で企画倒れになる可能性も出てきましたが、ご愛嬌ということでお許しください。

 

かなり長文となってしまい、失礼いたしました。

また二週間後くらいにご報告させていただければと思います。

何かご意見などございましたら是非ご連絡ください。

 

引き続きどうぞよろしくお願いいたします。

 

けーくん

はじめちゃいます。ほぼ隔週けーくん新聞 第一号(創刊号)From ヨルダン

ご無沙汰しております、けーくんです。

更新全然しねーじゃないかと心配されてた方、多分いないと思いますが、

私は今月からヨルダンに3か月間、研修に来ています。

 

家にネットがないため、あまり更新できないのですが、

社内向けに送っている近況レポートをちょっと変えたものをこちらでも

隔週でアップしようと思います。

題して、ほぼ隔週けーくん新聞。

というわけで、記念すべき第一号。どうぞご覧くださいませ。

 

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写真:シリア難民の少年と

******目次******

 

1)隔週所感

2)隔週のハイライト

3)素敵アルジャジーラアナウンサー

 

**************

 

1))隔週所感

 正直にお伝えすると、この二週間、少し鬱々とした気持ちになってしまっていました。

 

 ヨルダンは一人当たり国民所得4000$近い中進国です。

一応援助対象国ではありますが、就学率も既に9割を超え、貧困の罠からは抜け出し、

自律的な発展が描けてもよい段階にある国であると私は認識しています。

 しかし、実際には産業育成がうまく行かず、外貨の獲得を海外送金と援助に頼っている

構造になっています。

 

 実際にヨルダンに来るまでは、資源が存在しないことによる産業育成の難しさ、

周辺の情勢不安の影響による難民の大量流入、リーマンショックに端を発する

金融危機の影響による資本流出など、様々なファクターが絡み合っているために、

 そのような構造も仕方のないことかと思っていました。

 

 しかし、実際に現地でカウンターパートと話をしてみると、もはや海外からの支援が

当たり前のような雰囲気の下、内部で協議前の調整があまりなされていなかったり、

業務が進まないのを仕方ないこととして軽々しく受け止められていたり、

とても悲しい反応が返ってきました。

 

 街を歩けば道路がまともに整備されていなかったり、ゴミが放置されていたりと、

行政として取り組むべき都市問題はアンマンにもやはりあるのですが、

進んでいる様子はありません。

 かと思えば、僕を含む外人の居住するような富裕層向けのエリアは非常にきれいで、

節水が叫ばれる中でもジャブジャブ水を使っています。

 

 結局のところ、中進国の罠から脱却できないのは援助に依存し、国内での資源配分が

上手くできていないだけであり、我々開発屋がこの国で行うべきことは非常に

限られているのではないか、むしろ、一度手を引き、政府による構造的な改革を

 待つべきではないか。とはいえ、そうして困窮するのはパンの値上げにデモを行う

貧困層であり、現在の中東情勢を鑑みれば、新たな内情不安国を出すわけにも

いかないのが正直なところです。

 

 また、シリアについてもこちらにいるとますます情勢が悪化しているのが伝わってきます。

 今日も物価調査の一環でシリア難民のお家を訪問したのですが、家を追われ、

家族を失い、目を盲いるような暴力に逢ったという

 辛い経験を語ってくれました。他方、キャンプ外の普通の家に住んでいる難民への

支援はかなり限定的でもうすぐ家計が底をつくそうです。

 キャンプばかりに目が行きますが、キャンプ外のコミュニティに紛れた難民の存在は

実際には現地ではかなり大きいです。

 他方、そうした難民の支援はかなり難しく、NGOすらなかなか手を付けられていない

様子です。

 もちろん我が社のスキームでもそれは難しいのが実情です。キャンプ向けの支援すら

限られています。

  

 

 そうした、我々に求められていることは沢山あるのに、要請主義であったり、

紛争に起因する難民支援に関する法的な限界から何も手を差し伸べることができない

現実に、ずっと悶々としています。

 

 他方、セミナーのために参加していたイラク人カウンターパートの国づくりへの熱い想いには

非常に感動しました。

 そこにニーズがあり、我々にサポートできることがある。それがとても嬉しく感じました。

 今回イラクに行くことはできませんが、帰国後担当するイラクの案件を実施する際、

彼らをはじめとしたイラク人の皆をイメージして、 国づくりを支えたいと改めて思いました。

 

2)隔週のハイライト

ü  到着直後の週末に日本人会ゴルフ部で初ゴルフを経験し、

18ホールで150点というひどい成績をはじき出してしまいました。

しかし、活きのいい新人が来た!ということで顔を覚えていただき、

日本人若手歓迎会を開いていただいたり、BBQに呼ばれたりと、

早めに溶け込むことには成功したかと思います。

持ち前の積極性は引き続き生かし、社外のニーズ把握を心がけようと思います。

 

ü  先週木曜に歓迎会が予定されていたのですが、原因不明の壮絶な下痢に

見舞われ、急きょ欠席せざるをえなくなり、ご迷惑をおかけしてしまいました...

翌朝にはすっかりよくなったのですが、渡航前の研修で体調管理の重要性を

説かれましたが、残り2か月半体調には細心の注意を払います。

 

3)素敵アルジャジーラアナウンサー

 こちらにいると夕飯を食べながらアルジャジーラインターナショナルを見るのが

習慣になってきます。

 というわけで日本では知られていない、人気アナウンサー(主観)を勝手に紹介します。

 

 http://www.youtube.com/watch?v=fWnkYhGI8A0

 

 Steff Gaulter、たぶんアメリカ人です。

 全身を稼働させたダイナミックなレポートと豊かな表情が持ち味の

日本では見ないタイプのお天気お姉さんです。

 

 

また二週間後くらいにご報告させていただければと思います。

もしよろしければ3か月間こうした形でお付き合いさせていただければと思います。

 

何かご意見などございましたら是非ご連絡ください。

 

引き続きどうぞよろしくお願いいたします。

 

けーくん

課題はコミュ力のけーくんどえーす☆~一発屋 兼 スルメ型人間からの脱却を図る!!!!!~

社会人になって一か月、私の大きな課題に気づきました。

 

「俺、コミュ力ねぇ」

 

全然会話スムーズにいかねぇ。

おもろいこと言おうとしても、うまいタイミングで言えねぇ。

俺と会話して楽しんでくれてる雰囲気ねぇ。

 

超ショック過ぎて心折れそうなんですけど。

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はて、何故このような事態が起きているのか。

大学生活最後の方、オモロいキャラで通っていたのに…

 

以下、現状、そして課題分析と解決案について考えてみた。

 

1.現状分析― 属性:「一発屋」で「スルメ」 ―
コミュニケーションが上手く取れてるなぁと思うのって、お互いがそのコミュニケーションを面白いって思っている時ですよね。

そういう意味で、僕は自分のことそこそこ面白い人間だと自負しているし、勘違いでなければ僕を面白い人間だと思ってくれている人もそこそこいると感じています。

 

けど、一方で僕は面白くないんです。「腕磨かないとあかんで」って言われます。ショボーン

 

何がそんなギャップの原因か。

 

はい、コンサルのジョブとかでよくあるやつです。

 

「面白さ」の定義が誤っているのです!!!!!!!!!!

 

僕を面白いと言ってくれる人がどういう経験を僕と共有して僕を面白いと言ってくれるか考えてみると、以下の特徴が見えてきます。

・僕が何か面白い活動をしてるのを見た人(ex:サークルでのスピーチ、イベントの企画、シェアハウス等)

・一緒に知的活動をした人(ex:就活のインターン、サークル運営スタッフ等)

・長時間僕と過ごした人(ex:サークルや大学の同期、ルームメイト等)

逆に、ちょっと会話で絡んだだけみたいな人と仲良くなったことって、よっぽどフィーリングマッチしてるとかじゃないと無い気がします。

 

結果的に見えてくるのは、僕は「一発屋的な行動」と、「スルメ的な味わい深さ」については面白いと言えるのではないかという点です。

背景には「頑張り屋」という特性があると思うのです。頑張っちゃうから、単発のアクションは面白いし、そういう経験の場数は踏んでるから、度胸ついて結構頑張れる。そして、頑張っちゃうから、長い間一緒にいると、なんかコイツ良いなぁ、面白いなぁと思ってくれる人ができる。

そういう一発屋兼スルメ的な人間が今の私だというのが現状分析です。

 

2.課題:汎用型オモシロさの欠如

そんな私、ある程度面白い人間だし、まぁ分かってくれる人と付き合えればそれでいいや!という考えで生きてきました。

結果、どうなったか。

汎用性のあるトーク力が消えているのであります。

普通に会話してて面白いみたいな、そういう話題ってなかなか僕は出てこないし、キレのあるウィットを含んだトークもすごーく苦手。

もともと頭の回転が速くないのもあるのだけど、まぁー、ボケもツッコミもへたくそですね。

「お前ほんとに大阪出身か?」とよく疑われます。

 

そんな、普通な面白さの欠如。それが課題なのです。なう。

 

3.普通の面白さとかいらねーんじゃね?とか尖ってみたいとも思わないわけ。

ここまで読んで、別にけーらしくあればそれでいいんじゃないの?って思う人もいると思うんですが、個人的にはその限界を感じてます。

仕事の面で言うと、僕の会社は二年サイクルで部署が変わるから、すぐ仲良くなる力があった方がお客さんを掴むうえでもベター。

けど、それ以上に、社会人になって初めて話す人が増える中で、「あ、この人面白い」って思ってもらわないと損。接する無数の人間の一人になっちゃう。「またこいつと会いたい、話したい」って思えるような、そんな人にならないと折角の出会いが実りの無いチャンスになってしまう。結果に繋がるトーク力を身に付けたいのです。

 

4.汎用性のある面白さをどう身に付けるか

というわけで、やっぱり汎用性のある面白さを身に付けたい。

そのためにはどうするべきか。

 

①よく周りに言われるのは「彼女作れ!!!!!!!」ってやつです。

ただの友人とは違う深いコミュニケーションが求められる恋愛を通じて、相手との会話を含めたコミュニケーションの機微を感じる能力が向上し、オモロイ人間になれるということです。

 

けどどうなんでしょうー。好きな人も特にいないし、無理に付き合うエネルギーもないし。その時が来れば付き合うじゃだめなのでしょうか。

 

というわけで、ですね。彼女作るのは今は置いときます。

 

②代替案はとにかく新しいコミュニケーションのチャンスを増やすことだと思っています。

これまで話してこなかったような人と話してみるとか、これまでやったことの無いチャレンジをするとか、そうやってネタが広がり、コミュニケーションの型が広がり、オモロサが向上されるのではないか!

一人で勉強する時間も大事にしたいのですが、もっと色んな勉強会とかイベントに参加して人とのつながりを広げる機会を増やしていきたいです。

 

③あともう一つ感じているのは会話に感情を乗せることでしょうか。

僕、結構会話がドライというか、「ふーん、そうなんだー(棒読み)」みたいなトークが多いと感じてます。実際面白いと感じていても、なんだかうわべっぽい言葉が出てくるんですよねー。。。

その辺の会話での感情表現はもっと必要だなぁと思っています。ていうか表現能力ですかね。ちょっと単語変えるだけで会話って面白く感じる気がするんですが、なかなかできてない。

気持ちの籠った気持ちいい会話をもっと自然に楽しめるようにならないといけませんね。

 

5.結論:会話の機会と表現能力の向上

というわけで、最近土日は家にこもっているのですが、もっといろんなところに足を向けて知り合いを増やしたい次第です。ほんでもって表現能力も磨く!

そんなシンプルなことができていないのはどうなのかって感じなんですが、コミュ力の障害の無い面白いνけーくん目指して頑張るぜオーイェー。